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by ydando
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市民記者サイトは高い敷居を持つべし [ブログ時評30]
 市民メディア・インターネット新聞JANJAN、ライブドアPJニュースに続く三番目の市民記者サイト「ツカサネット新聞」が7月20日にオープンした。パイオニアとして苦労した割には宣伝する力が乏しく注目を集めていないJANJAN、集客力がある場所で生まれたのに安上がり指向ゆえの惨状と表現するしかないライブドアPJに対して、今度は主宰する企業がお金も掛けるし適切な編集方針を打ち出すと聞いていたので、それなりの期待感があった。ところが、10日間も経過したのに、ブログの世界ではほとんど評判になっていない。検索に引っかかるのは投稿が採用された人の告知と、編集部による投稿の依頼ばかり。失態続発が話題になったライブドアPJニュース以下の無視状態だ。コメント欄にもほとんど書き込みは無い。

 10日間で既に50本余りの記事が掲載されている。同サイトが記事・写真の著作権を買い取る代わりに払う「¥1,000」「¥2,000」「¥3,000」の赤いバナーばかりが目立つ。並んでいる記事は正直なところあまりチャーミングではない。最高の3000円を獲得している「消費意欲は旺盛!第1回 『景気どうよ?指数』調査から」はブログのコメント欄を利用して151人からアンケートを取ったものだ。冒頭にある「編集部注:この調査はサンプル数が少なく統計学的に有意義とはいいがたいが、手法としては厳密に行われている。ブログを利用した調査方法が斬新であり」を見て、マスメディア経験者も入れて編集部を構成するとの情報は眉唾かなと思ってしまった。私は世論調査には詳しく、その立場から言えばこの手法はいくらサンプルを増やしても社会の中のある特殊なグループを集めているに過ぎない。そのグループの性格付けが出来る属性分析でもした上ならともかく、このままでは意味は無い。

 オープンから二日と開けずに訪問してなるべく読んでみたが、このサイトの運営者も先行者と同様に、市民記者がマスメディアに対して優位に立てる「原理」を理解していないと感じた。私の連載「インタネットで読み解く!」第150回「ネットと既成とジャーナリズム横断」では、こうまとめた。高度成長期に入るまでは、マスメディアがカバーしていた知のレベルは社会全体をほぼ覆っていた。技術革新の進展と裏腹の矛盾、歪みの集積は社会のあちこちに先鋭な問題意識を植え付け、マスメディアがふんわりと覆っていた「知の包括膜」を随所で突き破ってピークが林立するようになった。特定のことについて非常に詳しい市民が多数現れ、メディア報道は物足りない、間違っていると批判がされている。メディア側はそれに対して真正面から応えるよりも、防御に熱心になった。大衆とのギャップはますます広がっている。なぜなら、知のピークはどんどん高くなり、ピークの数も増すばかりだから。

 市民記者が強みを発揮できるのは「特定のことについて非常に詳しい」からであり、私の言う「知のピーク」をなしている場合に限られる。それ以外の事柄を書いてメディアと競えるはずもないし、ましてや日本語能力が疑わしいライブドアPJなど検証するまでもない。例外として、たまたま事故・事件に居合わせて現場写真を撮るような地の利、時の利を得た場合は別だ。ツカサネット新聞が多数のブロガーに記事を依頼していること自体は良いと思う。「特定のことについて非常に詳しい」ブロガーが、そのツボにはまって書いてくれれば読むに耐える市民記者サイトが出来よう。それには現在の茶飲み話級の話題は捨て、ハードルをぐんと上げねばならない。記事が集まりにくくなるが、現在は百人程度の記者を早急に千人クラスに拡大して補うしかない。良い記事は月に一人が1本しか書けないと想定すべきであり、ツボの話題が回ってこないからしばらく書けない人だって多く出る。

 ところで、問題は他にもある。編集部の力量が問われるのだ。「メディア報道は物足りない」と言っている中身が本当に理解できていないと、市民記者をリードしていくことが出来ない。批判すべきマスメディアの記事を読み倒しておかねば見当違いな方向を向いてしまう。マスメディア批判と同じ基準で自らにも対さなければ、多くの読者はつかないだろう。創刊号のトップ記事を匿名のジャーナリストに依頼しておきながら、市民が発信する意味をうたいあげた編集後記(現在は読めない)はいただけなかった。

 韓国では現政権に敵対的な主要3紙に不利な新聞法が28日に施行された。主要3紙の論調の偏りが大きかったために、韓国ではネット新聞「オー・マイ・ニュース」が生まれると大衆の関心を呼び、市民記者が多数集まったと聞く。今回、法律を作ってまでというところに、偏りの大きさが知れる。日本ではそうした僥倖は無く、市民記者サイトは多様な既存メディアに対してなお優位であると自らの記事で証明して、大衆の目を惹きつけていくしかない。ブログで毎日書いているような中身では勝負できないと、まず書き手が理解しなければならない。編集部は「何か書いて欲しい」と注文するのではなく、ブログを観察して「これをこう書いたら一頭地抜ける」と示唆すべきだろう。だれでも市民記者になれると安易に思われている現状を遥かに超えた高いところに、合格ラインの敷居はある。ここに述べた原理的壁を乗り越えねば、日本の市民記者サイトの明日は無い

 【追補8/2】話は「市民によるブログ運動に二つの方向」に発展しています。
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by ydando | 2005-07-31 13:57 | ジャーナリズム
地上デジタル普及へ総務省の“悪あがき“続く
 今日28日の日経新聞朝刊3面トップに横見出しカットで「デジタル放送『録画1回きり緩和』」と割に派手な記事が出ていました。ところが、ネット上の日経サイトには不思議なことに反映されていません。またも特ダネの載せ忘れかも知れません。「総務省、放送業界と調整へ」「2-3回の複製容認浮上」と続くので、関心を持つ皆さんが比較的多い記事のはずです。緩和の狙いは、現在の録画規制が厳しすぎて地上デジタル放送の普及を妨げかねないので、何とかしたいというものだそうです。

 DVDレコーダーを持たれている皆さんは、2004年春から「コピーワンス」の規制が始まっていることはご存じでしょう。例えば、番組をハードディスクに録画出来て、それをDVDに焼き付けるとして1回きりはオーケーになりますが、ハードディスク上のデータは自動消去されます。もしもDVDメディアが不良品で焼き付けに失敗しても、元のデータは消されてしまうのです。つまり手元には何も残らない始末になります。「無理を重ねた地上デジタルの副産物 [ブログ時評29]」で指摘した「ユーザーの利便を無視した、行き過ぎとも見える仕組み」の一部です。

 こんな酷い仕組みまで導入して、デジタル放送番組のコピーを防ぐのに躍起になっていたのです。それが地上波デジタル普及の邪魔になると総務省が気づいたので、となるのですが、あまりにも遅過ぎます。もうコピーワンス機器は出回っていて、ファームウエアと呼ばれる修正プログラムの配布程度では済まない恐れが大です。機械に強くない人も多く使うDVDレコーダーの、かなり基本のところで規制が変わるとしたら、消費者の混乱は必至でしょう。先日も書いたように、2011年のアナログ放送停止が不可能になりつつある現実を前にした、総務官僚の悪あがきにしか見えません。こんな先行きが見えない官僚たちが、かっては優秀と言われていたのですね。
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by ydando | 2005-07-28 18:12 | 文化スポーツ
無理を重ねた地上デジタルの副産物 [ブログ時評29]
 総務省はインターネットを通じてテレビの地上デジタル放送を配信する方針を固めた。2011年のアナログ放送停止に間に合わない地域を解消するための苦肉の策だ。民放連も現在の放送地域割を崩さない範囲でなら応じる意向という。地方の弱小テレビ局にとって、放送設備のデジタル化に加えて中継局の新設は負担が大きく、間に合いそうにないからだ。当面は分ける約束が守られたとしても、放送と通信の垣根が壊されることに違いは無く、無理を重ねてきた地上デジタル化政策は思わぬ副産物を生みそうだ。

 ADSL回線は認めず、光ファイバー回線が対象になる。この方針変更が対象にしている地方の難視聴区域などは、光ファイバー回線の敷設が最も遅れている地域でもある。その意味で「本気で言っているの?」といった疑問がネット上、あちこちで読めた。毎月数千円かの回線料負担を地域の全所帯が受け入れるのか、未知数でもある。しかし、ネット上で最も不便な地域が全て光ファイバー回線化されるとしたら、放送の問題に止まらぬインパクトがある。

 専門性がある個人業の立場で「建築家と税理士のささやき」の「ネットで地上波デジタル放送を容認する意味」はこう書いている。「この意味するところは、来年中には地上波デジタル放送をネットで見る装置を持った家庭が増える、即ち、家庭レベルで、数万円の追加投資のみで大画面テレビ会議のネット利用ができる素地が整うということである」「これは、仕事の遂行形態を大きく変えることを意味し、どの分野にとってもビジネスチャンスとなる、大転機ではなかろうか」

 新聞だって、こういう地域は配達するのに一番手間がかかる。SXGA(1280×1024ピクセル)の17インチ・ディスプレイが家庭でも主流になることと併せて、新聞は画面で読んで、残したいものだけ切り抜きの要領で印刷する「ネット配信形態」が一気に広がっておかしくない。その場合ならどんな田舎でも新聞は都市部の最終版になる。あるいは読みたい時点で、一番新しい紙面を手にすることになるか。

 冷静に考えると、今回の方針変更には相当な出費が必要である。新しいシステム、新配信機構、光回線敷設への補助などなど。そう思うと地上デジタル化にかかわる資金がどこから出ているのか思い出され、「私企業への公的資金導入が報道・議論されない不思議」(零細投資家の独り言)のように言ってみたくなるのは当然だろう。「地上デジタルTVに関してはその大半が携帯電話利用者から徴収されている電波利用料が勝手にNHKと民放テレビ局に支払われている。しかも許可を得れば地上デジタル化以外の用途にも使えるというなんともいい加減なシステム」

 肝心の2011年アナログ放送停止は可能なのだろうか。日経BPの「2011年7月24日にアナログ放送停波に向けて~『テクノロジー・サミット』報告(5)」は「地上デジタル・テレビのカラー・テレビ全体に占める割合は2005年5月単月で32.4%まで伸びてきているのに対し,CRTテレビ全体に占める地上デジタルCRTテレビの割合は4.5%」「安価なCRTテレビへのデジタル・チューナー搭載比率が上がらない限り,デジタル放送への完全移行は難しい」と書いている。

 アナログ放送停止6年前の現在時点で、売れているテレビの3分の1にしか地上デジタル・チューナーは搭載されていない。私の連載第132回「テレビ地上波デジタル化の読み違い」で一般ユーザーの現実とかけ離れた政策であることを論じた通りである。電機業界はパソコンによるデジタルコピー防止のために、ユーザーの利便を無視した、行き過ぎとも見える仕組み作りに血道を上げているのに、こちらではインターネットに載せる道が開かれる。失敗が見えてきた時点で官僚がエクスキューズを始めたとも見えるが、特定のところに利権が流れる匂いもする。
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by ydando | 2005-07-24 01:31 | 文化スポーツ
テロにせよ反テロにせよ、連鎖拡大は止まらない
 イラクでついにタンクローリーを使ったテロが発生しました。3万6000リットルの燃料に市街地で自爆テロを決行、死者の数は百人近いとも言われます。日本軍事情報センターの「最新情報」で「日本でテロの可能性といえばすぐに原発や新幹線をあげる。しかしこれは市街地を走るタンクローリーを想像させないためのシャドー(遮蔽物)の目標だった。日本のテロでもっとも怖いのはガソリンを満載した大型ガソリン・タンクローリーのことである」と書かれているように、ついに来るべきものが来た感じがします。確かに地下街などに注がれて火をつけられたら、全く手がつけられません。焼け死ぬだけでなく、瞬時に広がる酸欠でも犠牲は出ます。新幹線が1本脱線するより被害は段違いに大きいでしょう。

 一方で、ロンドンの同時テロを受けて、英国の与野党3党は「自爆犯称賛も処罰で合意」したとの共同電も入っています。「自爆テロ犯への称賛を『間接的なテロ教唆』とみなし処罰することを盛り込んだ新たな反テロ法案」が出来るようです。比較的冷静に見えた英国の人たちも、今度は逆上しているようです。そんな取り締りが出来るのでしょうか。人間の内面の自由にまで立ち入ろうとする法律に見えます。本当に施行したら、またイスラム聖職者を処罰したら、拡大の連鎖をまた一押しすることになりかねません。

 欧州での新たなテロ予告もあるようですが、日本だって他人事ではない。各地の空港でどれほど厳重な検査をしても、実は何の意味も無いと、今度の同時テロは示したのです。2003年の11月に第139回「イスラム、自爆テロそして自衛隊」で、こう書きました。「そして、思い浮かべるのが、イラク戦争が始まる前にネルソン・マンデラ南アフリカ前大統領が『世界をホロコースト化しようとしている』とブッシュ大統領を痛烈に批判した言葉だ。憎悪の拡大再生産でしかない米国の行動を止められず、最も深刻な危機の震源地パレスチナに希望が全く見えない今、マンデラ氏の予言は本当になってしまいそうである」。事態は本当にそう動いているとしか思えません。
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by ydando | 2005-07-20 01:32 | 世界
「実名記者ブログと素人の踏切事故追究」の英訳版を公開
 英語サイトで「実名記者ブログと素人の踏切事故追究 [ブログ時評17]」の英訳版"Level Crossing Accident Investigation - Real Name Journalist's Blog & Amateur Blogs"を公開しました。"Japanese Blog Review"シリーズの4回目です。
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by ydando | 2005-07-15 21:56 | ネット
香港映画「頭文字D」を見た海外読者からのメールです
 「日本コミック発の香港映画が特大ヒット [ブログ時評28]」を読まれたマレーシアの読者から、興味深いメールをいただきました。中国と東南アジアは同時公開でしたので、現地の雰囲気を伝える貴重な情報だと思います。昨夜も、同僚と映画を見た現地の人にインタビューに行くべきだ、と論じ合ったばかりでした。


 マレーシアに住み、製造業を営んでいる者です。団藤さんが「頭文字D」を話題にされ、驚くとともに私もこの映画で反日運動は何だったんだと思いました。中国、東南アジア地区で公開されて以来、ここマレーシアでもロングランが続いてます。(中略)早速見てその迫力に感動しました。久しぶりに映画を見てスカッとしました。青春映画としても楽しめました。

 スターウォーズのバトルシーンは所詮作りもの、頭文字Dの実写の迫力の前には空絵ごとです。総てが完璧に上手く行き過ぎているのが鼻につくようになってしまいました。見てる方もコンピュータによる作り物と安心して見ていられます。手のひらに汗をかきません。

 映画では拓海が運転する86レビンを遠景で捉えたシーンがあります。一度ドリフトしたのをカウンターを当てて立て直し、その後四輪ドリフト状態になりコーナーに入っていきます。ぎこちない曲線です。しかし、そこにリアリティーを感じました。

 映画館内では最後は中国人もマレー人の若者も大喝采でした。すごい一体感を感じました。日本アニメの原作を日本で撮影し、日本人スタントマンに運転させ、台湾香港の俳優が日本人を演じてセリフは広東語、中国東南アジア地区で同時公開と香港映画の割り切りは凄いですね。マレーシアで外国人労働者の大量使用に躊躇している我々日系企業とは大違いです。

 また台湾香港の俳優の演じる日本人が不自然でないのにも驚きました。ただゲロを吐くシーンが多いのがちょっと日本人のテーストとは違うと思いましたが、当地では嫌悪感なく笑ってました。我々がアメリカングラフィティーを見てアメリカの若者文化に憧れたように中国東南アジアの若者を憧れさせるものを日本が提供できる限り日本の将来は明るいと思いました。

 カッコいいものはカッコいい。面白いものは面白い。と反日運動を無抵抗に飲みこんでしまったと思いました。中華系を日本人に同化させてしまった香港映画の商業主義にも感心させられました。

 今後とも硬軟取り混ぜた時評宜しくお願いします。
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by ydando | 2005-07-13 00:56 | 文化スポーツ
『世界』8月号には「日本の自動車産業…」を掲載
 岩波『世界』8月号への転載は「日本の自動車産業は世界を幸せにしない」を、6月9日の「GMが17%2万5000人の人員削減発表」時点で手直ししたものになりました。ブログから引用させていただいたのは次の2件です。

 ☆……翻って米国側に何があったか。「王者GMの落日」(元経済誌記者の雑言)はこうまとめている。「GMは、スケールメリットを生かしたコストダウンを実践するためのパートナーを欲した」「切磋琢磨してお互いに高めていこうという思想を持たなかった。共同開発車に目立った成果が見られないことが、その証左といえるだろう」。部品の購買についても「部品メーカーを巻き込んだ銭単位の原価低減に永続的に取り組むトヨタと、グループでの共同購買に寄りかかり『数』の力で部品メーカーに強引な値引きを迫るGMとでは、どちらが企業体質の強化につながるかは明らかである」

 ☆……「3期連続の増収増益、日本企業として初めて1兆円を超える連結純利益を挙げたトヨタだが、そのトヨタ労組がベア要求の見送りをしたという、ついこの間のニュースは、サラリーマンにはショックだった。『業績向上でも給料は上がらないシステムが定着した』と嘆く向きもある」と、「成果主義とベア」(実年社労士の人事・時事雑感日記)は書いている。

 なお、7月号掲載分「T記者名暴露:新時代象徴なら貧しすぎる [ブログ時評23]」で当方のミスからURLが間違っていた「取材者も襟を正せ」(◆木偶の妄言◆)も訂正させていただきました。
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by ydando | 2005-07-12 23:27 | ネット
日本コミック発の香港映画が特大ヒット [ブログ時評28]
 日本のコミック「頭文字D」(イニシャルD)を実写にした香港映画が、CNNによると香港で「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」を大きく上回る興行収入を記録している。中国本土では熱狂が起き、チケット販売額は2週間で5500万元(7億5千万円)、香港や台湾を加えると1億元を超えると「《頭文字D》広州功労祝宴会V視聴!」(F4迷のひとりごと るるるF4♪)が伝えている。

 物語の舞台は群馬県の峠道。カーブだらけの下り道で「走り屋」と呼ばれる若者たちが運転のテクニック、車のチューン技術を競う公道レースをしている。元・走り屋、豆腐屋の父に命じられ、往年の名車「ハチロク」で峠を越えて早朝配達している高校生拓海がそこに登場して……。何とも日本的な設定なのに、香港映画のスタッフが台湾の若手トップシンガー、ジェイ・チョウを主役に起用し、不可能と思われていたレースシーンの実写をやってしまった。ロケは日本で、言葉は広東語という不思議さ。恋人役は日本人タレントの鈴木杏。

 このコミックを元にCGを多用して作られたアニメを、私はテレビ放送時から気に入っていて、全て見た。意図的にタイヤを滑らせ、四輪ドリフトで自在にカーブの連続をすり抜けるなど、実写で撮り切ろうとするとは狂気の沙汰。同じように思っていただろう「頭文字D」(タフのココログ日記)は「映像見て思ったのはやっぱり日本よりも香港映画のほうがクオリティが高い気がする。てか日本じゃ出来ないだろうな」と感想を寄せている。日本公開は9月で吹き替えと原語版と両立てになる。映画公式サイト「頭文字D」では、原作者しげの秀一さんのインタビューがあり、「実力のある人がきちんと作った。制作者に喝采したい」と話している。

 大ヒットのニュースはCNNの英語版で最初に知った。何故か、国内マスメディアには流れていない。それくらいマイナーなものに中国で熱狂が起きるのが面白い。CNN英語版は春の大規模反日デモにも触れて、「香港の人たちが日本へ強い関心を示しているのと対照的だ」としていた。しかし、その後、伝えられたことから見れば香港に限られた現象ではなかった。文化的にも人的にも混淆、融合した状況を、現地にいる「淮海中路日記・上海淮海中路887号からお送りします。」は「登場人物の名前も地名も全部日本のまんま。藤原拓海とか群馬ナンバーとか秋名山とか。それなのに登場人物は平気でマンダリン、というのは今までにない面白い状況であるなあ」と書いている。

 理屈抜きに何かが変わったと思わせる。その何かを同定するために、もう少し成り行きを見守りたい。国と国の間とまでは言わないが、人々の間にあった心理的な壁のどこかを崩しそうな気配がする。

 【追補7/13】[香港映画「頭文字D」を見た海外読者からのメールです]を掲示しました。現地の雰囲気を伝える貴重な情報です。
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by ydando | 2005-07-10 15:28 | 文化スポーツ
衣食足りつつある中国に紙不足解消は緊要
 「近未来中国が呼ぶ紙資源危機を考える [ブログ時評27]」に対して「紙よりも食料供給の方が先に限界に達するでしょう」といった意見が出ています。中国の高度成長維持による資源の限界について、色々と論じられています。単純に米国の生活を基準にしたワールド・ウォッチ研究所系の論調は行過ぎた悲観論のように思えます。国連食糧農業機関(FAO)は比較的楽観的で、中国の食の水準はかなり満たされつつあると考えているようです。

 FAOのデータを多用した「拡大する食肉消費--所得水準の向上と食生活の改善--」を見てください。食肉の一人当たり摂取量は中国が既に日本や韓国を上回っているのです。魚肉などを含めた蛋白質摂取量はまだ下ですが、もう10%ほども増えれば日本に追いつくところまで来ています。脂肪摂取量はもう追いつきました。

 我々、東洋人の食生活が完全にアメリカナイズされるとは考えにくいところです。最後は、あるいは最善はアメリカのようになる――そんなはずはありませんね。むしろ、資源の限界が見えたときは米国人の方が生活を変えざるを得ないでしょう。日本も含めた、大量に無駄を出す生活もです。

 しかし、紙不足の問題は違います。一人年間100キロ以下、日本の4割程度以下の状態は経済、文化、教育など、どの面でも非常に不自由です。トイレットペーパーなどは200キロに近付かないと必需とみなされず、一般にはまず使えません。2003年では一人35.8キロの中国が100キロになるのは、先日の計算から大雑把に見て十数年先、その時は現在の日本が投入している新品パルプ分の1.5倍くらいを新規に調達しなければなりません。資源的にまだ可能かもしれませんが、国際的にパルプ価格の高騰を呼ぶのは必至です。その時までに、現在のように紙に依存している我々の生活、あるいは大量の紙を使う新聞や出版の状況に変化が迫られます。次に考えるべきは、この問題です。
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by ydando | 2005-07-06 00:06 | 資源・環境・災害
近未来中国が呼ぶ紙資源危機を考える [ブログ時評27]
 原油価格暴騰から私が真っ先に連想したのが紙資源危機だった。どちらも中国の高度成長維持がもたらす歪みだから。先日の予告記事で、ブロガーの皆さんから色々と示唆をいただきつつ、久しぶりに中国に焦点を当てて紙問題を調べてみた。

 このまま行けば穀物消費もエネルギーも、どんな資源も枯渇してしまうと予測する、ワールド・ウォッチ研究所創設者レスター・ブラウン氏による日刊ベリタ「圧倒する中国の需要 新しい経済モデルが必要」に行き当たって、一度納得して、直ぐに前提の誤りに気付いた。「中国の現在の一人当たりの国民所得は年5300ドルと推定」が過大なために、枯渇時期が大幅に前倒しになっている。米国並みの38000ドルに到達するのに年9.5%成長で2031年、8%成長で2040年と想定しているが、明らかに間違っている。

 一人当たりの所得年5000ドルは、中国で突出した上海市民クラスだ。国民全体では年1000ドルにすぎない。1000ドルが38000ドルになるには時間がかかりすぎるし、8%成長を維持しつづけるとかの前提も怪しくなる。ブラウン氏の発想だけ借りて、現実的なモデルを探した。2003年の一人当たり紙消費量は中国の35.8キロに対して韓国が174.2キロ。一人当たりの国民所得は10倍の差があるから、8%成長なら30年後に現在の韓国水準に追いつく。

 この時、どんな状況になるだろうか。所得上昇に伴って韓国並みの紙消費になると仮定する。2003年の世界の紙生産量3億3881万トンの53%に当たる1億8000万トンが新たに必要になる。インドなど他の途上国の消費増加は全く考えていないものの、この段階で世界の森林資源が紙資源供給に応じられなくなっていると判断できるだろうか。

 「中国のパルプ原料の割合」によれば、「パルプ原料は木材パルプ(21%)のほか、リサイクル紙(47%)と穀物パルプ他(32%)」とある。古紙をリサイクルするのは日本と同じで、森林資源に乏しい韓国の場合は7割を超える。中国の場合は古紙回収がまだ十分機能していないそうで、日本からの輸入が近年、急に増えている。また、「穀物パルプ他」とは稲わらや麦わらその他の繊維資源。日本の稲わら資源は年間900万トンで、人口を考えると中国には1億トン以上はあるだろう。家畜飼料にもなる資源ではあるが、3割の混入分くらいは維持できそうだ。

 となると、木材パルプの2割分が問題になる。1億8000万トンの2割は3600万トンだ。日本の年間紙消費は3000万トン。このうちリサイクルが6割として、残り1200万トンに新たな木材パルプを投入している。その3倍を30年後の中国が必要とし、調達するのはかなり困難と考えられる。つまり、危機の顕在化、「国際的奪い合い」は30年を待たないということだ。不足が深刻になれば、日本でも捨てている稲わら利用などが考えられる可能性がある。

 有料トイレに入って1元で45センチのトイレットペーパーを渡された「26 上海のトイレで考えた」やホテル用の超ミニサイズ巻きを紹介している「中国旅行記(7)トイレット・ペーパー」のように、中国ではトイレットペーパーは丁重に扱われている。大衆の圧倒的多数はトイレットペーパーとは縁が薄い。紙消費5倍の韓国ではどうだろうか。昔の日本のように家庭でテッシュペーパー代わりにも使われ、かなり一般化しているようだが、「東国大学/留学生マンスリーレポート」にはこうある。「トイレットペーパーは、各個室についている所は少なく、入り口に大きいロールが一つかかっており、それを、必要な分だけ取って、個室に持って入ります。もし足りなかった時は、大声で誰かに頼み、トイレットペーパーを取ってもらうか……」中国大衆がこのレベルに到達することは無いのかもしれない。

 中国では紙不足から新聞や雑誌がしばしば発刊停止を命じられる。毎年、学校の教科書を印刷する時期になると大騒ぎになるという。文書の電子化にしか、当面の抜け道は見えない「第38回 熱気溢れる装置   中国の突出した電子出版事情」(2002)は「中国の大学では電子出版学科の新設が続き,増大する市場に向けてDTPオペレータやマルチメディアクリエータの養成が進んでいる」と報告している。でも、私としてはソフトウエア・コピー天国の中国で電子化本がコピー禍から逃れられるのか、かなり心配である。田舎の情報弱者にはやはり紙だろうし。


 【参考資料
 ☆インターネットで読み解く!第4回「紙資源・千倍の落差」
 ☆紙の神・蔡倫も悲嘆する中国「紙」事情
 ☆日本紙パルプ商事・紙の知識と紙に関するデータ
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by ydando | 2005-07-04 00:09 | 資源・環境・災害