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by ydando
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臓器移植法改正2案でますます混迷 [ブログ時評24]
 自民、公明両党の与党政策責任者会議は臓器移植法の改正案として出された2法案を了承、それぞれが賛同する議員を募り、今国会に議員立法として提案されることになった。施行8年で40例に満たない臓器の提供を増やしたい趣旨は同じでも2法案は内容が異なり、斉藤案は現行法の枠組みを守ったままで臓器の提供年齢を15歳から12歳に下げたもの。河野・福島案は脳死を人の死とする方向に踏み出し、本人の生前意思表示がなくても家族の同意によって臓器提供が出来るようにする。

 現行法では生前意思表示により臓器提供する人には脳死が死であるが、しない人は脳死になっても死んでいない。これを守る斉藤案に比べ、河野・福島案は「脳死=死」とすっきりしているかに見えて、実は違う。提案者・河野太郎氏は「そう単純に『脳死は人の死』ではない」で「本人が生前に脳死を人の死と認めていない場合や家族が脳死を死と認めない場合には、『法的脳死判定』を拒否することができるようにした。脳死状態であっても、『法的脳死判定』が行われない以上、脳死にはならない。だから、脳死を人の死と考えない人は『脳死』にはならないことになる」と説明している。もともとの河野案は「脳死=死」だったのに大修正が加わった。

 3度目の腎臓移植を経験しているという「偽らんだむ日記ADVANCE!!<出る杭は打たれてもやっぱり出るぞ編>」の「朝日新聞『三者三論』」は河野氏について積極面を評価しつつも「ただね、脳死になったら、と普段に考えている人はいない。その必要もない。だから法改正。ってのは乱暴だなぁ。こういうこと言うと、やっぱりムリヤリな臭いがしてくるな。嫌がる人がでてくるな、僕も含めてだけど」と、疑問を投げる。

 「私憤を国会に持ち込む議員」(二条河原落書)は河野氏が父親・洋平氏(衆院議長)に生体肝移植をした経験が暴走を招いているとみる。術前の説明と違って大きなリスクを感じ「騙したな。こうなったら、生体移植をゼロにできるよう、脳死体からの移植を推進してやる」となったのだとみる。

 専門家たちも動き出していて、脳死・臓器移植法研究会が何年かぶりに復活した。「脳死・臓器移植法研究会」(刑法授業補充ブログ)は「臓器の提供が問題となる場合に、脳死判定だけを拒否する場合というのは実際上もほとんどなく、移植医の側からもこのような例外は理解しがたいという指摘がなされた」「本来は脳死判定について一般的に家族に拒否危険をみとめることによって脳死反対者の批判を回避しようとしたことと、現行法において脳死判定は臓器移植の場合のみにおこなわれるということをよく考えずに結合させたために、このような矛盾した提案になってしまった」との議論があったことを紹介している。実際の病室で移植関係者と家族の間で、また混乱必至とも思われる。

 再び「私憤を国会に持ち込む議員」にある「『脳死』は人の死ではない」ことを主張することと、難病で『移植でしか治る可能性は無い』と医者から宣告された方たちを救済することとは、矛盾しないと私は考えている」というのは、かなり多くの方の気持ちだろう。その道筋はずっと前から見えている。私の連載第8回「臓器移植法と脳死・移植の行方」は「足りなかった科学者の謙虚さ」の項で次のように分析している。

 医者にとっては「ノー・リターン」状態は「死」かもしれないが、患者と家族にとっては直ちに「死」ではない。戻ってこないかもしれないが、完全に彼岸に行ってしまったのではない、そんな中間状態を経て死に至るというのは、日本人にとってなじみの死生観念である。せめて、「私たちの判定はノー・リターンを保証したものにすぎません。患者さんが死の淵をさまよいながら、何かの意識を持つといったこともあるかもしれませんが、それは現代医学では不可知なことです」と、分からないことは分からないと明言する科学者の謙虚さをもって説明してくれていたなら、事態は大幅に変わったはずだ。現在の脳死判定技術で「全部の脳が死んだ」と宣告できると強弁して変えない、私に言わせると非科学的な態度の結果、それなら、脳死判定をするのは臓器提供意思のある人に限りなさいという法律が出来たのだ。
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by ydando | 2005-05-29 18:50 | 社会・教育
後から謝罪して済むなら問題無しですよ
 若隠居さんからトラックバックで長文の反論が来ています。

 ポイントが違うところから、まず。千近いサイトに出向けないでしょう、という話は「ブログ側には抑制機能がある」と主張されるので、個々のブログを抑えるのは無理と説明したものです。若隠居さんは変なことをしているブログ総体を批判することで抑えられると主張されたわけですが、それならこのケースに当てはめると、実名を暴露した後で批判して「やりすぎだった」と納得してもらえたとしても、実名暴露は残ってしまいます。後から謝罪して済むなら、いわゆる報道による被害の8、9割方は無かったことに出来ますよ。

 最初に実名を明かした人を責めろというも、私は「小さなブログでも人の人生を変えられるようになった」ことを広く認識してもらうために書いているのですから、筋が違う話です。ついでに、このブログでの私の立場はネットジャーナリストであり、新聞社の記者ではありません。これは「インターネットで読み解く!」を始めた97年から一貫しています。これは社名を名乗っていらっしゃる方と違う点です。

 法的な規制まで考えているなんてことは、現時点ではありませんし、簡単にお手上げ宣言もする気はありません。それなら、もともと書かないで放置しときます。これまでと同様に、ブログの世界に留まっていては見えない批評を続けていくだけでしょう。理解を広げてブログの世界の体質を変えていくことが、開設当初からの目標です。「ぜひぜひブログ界を厳しく批判してもらいたい」という注文は承っておきましょう。人権擁護法案反対に関する騒動は、流れとしては時々拝見していたことも付け加えます。
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by ydando | 2005-05-25 20:08 | ジャーナリズム
T記者名暴露:新時代象徴なら貧しすぎる [ブログ時評23]
 JR西日本の脱線事故ではネット上、マスコミ報道の行き過ぎが大きな話題になり、最後は記者会見での言動が問われた読売新聞大阪社会部・T記者の実名がブログで暴露される騒ぎになった。社会部長名の謝罪記事まで掲載された結果にブログがどれほどの影響力を持ったのか。測定する方法はないものの、Yahoo!で記者名をキーワードに検索すると967ページのヒットがあった。これを見ると今回はぎりぎり脇役だったと言えよう。実はリアルな世界を動かした最初の例かと気になりつつ、これが新時代の象徴なら余りに貧しすぎる、何年か先に歴史を書く際に、この事件から始めるのは勘弁して欲しいと思った。

 ブログ界が騒いで現実の世界に力を及ぼした米国の例に、昨年9月にCBSテレビでブッシュ大統領の軍歴疑惑報道で幹部4人が辞任、この2月にはCNNテレビのニュース部門最高責任者が米軍をめぐる不謹慎発言を追及され辞任した。日本のブログも間もなく、そうした力のレベルに到達するのではないか。一人一人のブログは小さくても数百、数千と集まれば、周囲の人々を巻き込んで抗議の電話を殺到させたり出来る。そうして誰かの人生を変える力を持つだろうことを、ブログを開いている皆さんは今度の機会に認識して欲しい。

 地方支局で駆け出し記者を始めたとき「たいていの取材対象者は人生でその一度きりしか新聞に出ない。あんたがどう書くかで、その人の人生が変わる」と言われたことがある。今や匿名の小ブログだって同じ結果になる潜在力が備わってしまったのだ。「JR西日本を恫喝した『髭記者』の実名にたかるブログ・スクラム」(すちゃらかな日常 松岡美樹)は次のように指摘しているが、上に述べた恐れを重ねてもらうと深刻度が深まろう。「自分は匿名のくせに、髭記者の実名を晒してすっかりコーフン中のあるブログは、こんな趣旨のことを書いている。『既存メディアはもうやりたい放題できないぞ。われわれネット住人が監視してるんだからな』 や、監視されてるのは別にマスコミだけじゃないよ。ブログだって同じだ」

 「記者会見はもっと抑制的にできなかったのか」との声があちこちから聞こえる。ところが、取材現場で抑制的に振舞うのは至難である。新しい情報、新しいモノを手に入れるのは取りあえず良いことであり、手に入れる前にその質を延々と議論しても始まらない。この場合の取材対象・JR西日本のペースで管理された情報しか貰えなくて、そうですかと帰ってくる記者はいない。記者会見の裏側では分析チームが動いているに違いないから、色んな問題意識を持ち出して入手を早めたい。凄むくらいのことは私でもする。ただ、その時に社会正義は自分の側にあるとの思いが行動をおかしくする。

 ライターが営むブログの「取材者も襟を正せ」(◆木偶の妄言◆)も自らの経験からそうした現場で「社会正義そのものになったかのように思いこむこと」を自戒しつつ、T記者名を「コピーペーストしてあちらこちらに晒しているブログは、ただの『つるし上げ』ではなかろうか。自ら『社会的制裁』を加えて自己満足をしている、という意味では問題の記者の行為となんら変わりがない」と喝破している。

 T記者名暴露事件はマスメディアとブログ界が大して違わない位置、立場になっていることを示したと考えられる。ブログ側の大動員指向は持って生まれた仕組みだから、一個人が嫌と言っても拡大するばかりだ。確言しよう。やがて今度のことが予行演習だったと思える事件が起きよう。米国の例のようにマスメディアや公共機関などに対する勝利になるかもしれないし、ブログによる集団舌禍事件になり、いま「マスゴミ」と呼んでいるように「ブロゴミ」と言われる事態になるやもしれない。
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by ydando | 2005-05-22 14:25 | ジャーナリズム
ライブドアPJ批判は『妬み』だと、世界に発信されました
 英語系の調べものをしていたら、「Japan Media Review」に5月19日に掲示されたばかりの「Veteran Journalist Helps Steer Livedoor's Controversial Public Journalism Project」に行き当たってしまいました。妙な暗合ですね。昨日、書いた「速報! ライブドア・ニュースへの誘い:おぞまし過ぎる!!」に登場する小田某が英語のインタビューに答えていて、この回答が噴飯ものでなくて何でしょうか。

 例えばインタビュアーは、半年経てもパブリックジャーナリストのページが厳しい批判にさらされ、この批判と小田某の個人的見解を分けるために個人ブログをスタートしたのにコメント欄を閉鎖するに至る有様について質問しています。小田某は、第一に堀江社長批判のとばっちりを挙げ、第二に、これがハイライトの部分で「Secondly, some of the criticism is based on envy.」とあります。医者や建築家や公務員といった職を持った人が突然、ジャーナリストにもなり影響力を持ったことを、批判する人たちは妬んでいるそうです。

 私はそういう感じの批判を読んだ記憶が無いのです。本当にそう思っているのなら日本語読解力にも疑問が出ますね。あの文章力で「Veteran Journalist」と書かれるのも経歴の読み間違いでしょう。他にも、これが世界に発信されてはいかがかと思われるところが多々あります。でも、今はするべきことがあるので、発見した英文の紹介だけに留めます。
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by ydando | 2005-05-21 00:07 | ジャーナリズム
速報! ライブドア・ニュースへの誘い:おぞまし過ぎる!!
 自宅に帰ってメールボックスを開けたら、なんとライブドア・ニュース担当から、ブログ時評を「当社で展開するBlogニュース(仮)」の対象とさせて欲しいとのメールが届いていました。

 この会社の方は本当に変わっているのか、非常識なのか分かりません。ライブドア・PJニュース・デスク役の小田某がPJニュースでブログ時評について、つい最近、何を書いたか、知らないなら論外だし、知っていて何の挨拶もしないのならメディアの世界から退場された方が良いでしょう。(過去のいきさつをご存知ない方はくまの世界観測(3月31日以前)あたりからどうぞ)

 私はもちろん応じるつもりはありません。小田某の件は置くとしても、最近、PJニュースを見ていると個人的な裁判の原告の主張をニュースとして取り上げて、それも積極的に擁護しているニュース体系の中で、ランキングの一角でも私のものも同列に並べられでもしたら、おぞまし過ぎて願い下げです。何十かのブログを対象に声をかけたそうですから、見物です。どなたが応じるのか。広告のためにアクセス数を稼ぐのならともかく、これは決して「洛陽の紙価を高める」ことにはなりませんよ。

【追補5/21】ライブドアPJ関連で興味深い英文を発見しました。次のエントリーをどうぞ。
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by ydando | 2005-05-20 01:22 | ジャーナリズム
岩波『世界』6月号掲載と英語版第2弾
 3回目になる岩波書店『世界』連載「ネット言論はいま ブログ時評onSEKAI」は6月号です。「実名記者ブログと素人の踏切事故追究 [ブログ時評17]」「市民参加のジャーナリズムは既に存在」から収録しました。実質的な引用をしたのは前者から「【竹ノ塚の踏切事故】踏切のおじさんを信頼して、感謝していた私が思うこと。」ですが、「Grip Blog私が見た事実」などのブログも紹介させていただきました。

 英語版は「Japanese Blog Review」というサブタイトルを付けることにしました。「ソニー」に続く2弾目は「原発:電力会社と国の常識外れ [ブログ時評16]」の全英訳です。"Nuclear Power: How Electricity companies and the administration stray from common sense."...Japanese Blog Review 2 という形で今後も続けたいと考えています。第1弾の「ソニー」ではこれまでに900件余りのアクセスが記録されました。
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by ydando | 2005-05-18 17:05 | ネット
新聞への誤解、実は変えるべき体質 [ブログ時評22]
 ブログを開設して間もなく半年になる。この間、新聞について誤解した発言をあちこちで見た。今回は最近、出会った二つを取り上げたい。片方は完全な誤解、他方は誤解というよりも世間の了解とすべきではあるが、いずれも新聞側がこのまま放置してはいけない問題である。

 まずこれ。「新聞の読み方」(夢と希望と笑いと涙の英語塾)が先日の一面ニュース「朝鮮人徴用100社調査」がネットに流れなかったのは意図的だと抗議していらっしゃる。「反朝日新聞の立場を取るインターネット・ユーザーにブログ等で引用されたくないという朝日新聞の意図が見え見えではないですか」との裏読みにまで発展している。(5/16訂正:トラックバックの指摘でこの記事自体は遅れてネットに収録されていることが判りました。以前から気になっていた収録漏れの例ではないようです)

 新聞社は特ダネ記事だけは昔からネットに出さない。系列のテレビやラジオにも流さないのは、特ダネ流出を恐れる数十年来の習慣である。その基準なり扱いについて、実はどこにもアナウンスされていない。「紙の新聞なんかなくても、どの新聞もネットで読めるしね」と安易に考えている方に、もう一つ、お教えしておきたい。経済面などの読者にはトップ記事より下段のベタ記事から読む人がいる。それに独特の価値を感じていらっしゃるからだ。ネットにこうした記事まで流していたら際限が無いので、こんな「価値ある」ベタ記事もネットには現れない。

 ベタ記事はともかく特ダネ記事は、新聞が配られる時刻を見込んだ時間差を付けてでも配信しなくては、ネットで読む読者層がここまで拡大している時代に合わなくなった。新聞社サイトに来てもらえれば、主要ニュースは全部読めるのが今の常識だと思う。現状では各社の売り物ニュースがネットで読めない事態にもなる。

 もう一つは「新聞は読んでもよく分からない」と子どもたちから言われている問題である。いや、大学生からもそう言われ始めている。分からせようと書いている小学生や中学生向けの新聞は良いけど、大人の新聞は無理――我が家の下の子もこのタイプである。

 メディア職場を経験して英国に勉強に出ている方の「新聞を読む理由 個人的見解」(小林恭子の英国メディア・ウオッチ)で「必要な情報が入っていないことを、時々感じたが、『日本の新聞は、既に起きたことをいちいち書かない。これまで報道されたことは、《読者が分かっているもの》として、はぶいて書いてあると職場の先輩に説明され、その、『既に報道されたこと』を分かっていない自分の知識のなさを恥じるばかりだった」とあるのを読んで、本末転倒と思った。

 恥じる必要はない。既報分とのダブりを嫌うあまり、毎日読まないと分からない、ある日急に子どもが開いて読んで分からない新聞にしているのは大きな欠陥だ、と私は新聞社内で公言し、同意する幹部もいる。大人の読者だって毎日、全部を見ていられないはずである。しかし、活字が大きくなって減った文字数分に同じ本数の記事を無理して詰め込んでいるから、省略傾向はますます強まっている。はっきり言って読んで分からなくて当然なのだ。

 記事本数を減らしてでも、ダブりをタブー視しないで丁寧な記事を提供するしかない。それには横並び意識を捨て「特落ち」をどんどん容認するしかなかろう。新聞紙面で読者に何を提供しようとするのか――新聞編集の意思決定のあり方を深いところから変えねばならない。無難な網羅主義から早く転換しないと、新聞が読んで分かる読者をどんどん少数派にしてしまう。新聞を購読しなくなった若年無読層問題の原点は、子どもが読んで分からなくなったところにあると考えている。決して販売部門が主体で取り組む問題ではない。

 【追補5/18】ごく最近、ネットへの収録漏れを起こした例を挙げておきます。このページで欠けている社の記事がそれです。
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by ydando | 2005-05-15 19:41 | ジャーナリズム
讃岐うどん現地、2日の昼食で4店の麺
 久しぶりに四国・高松へ出張でした。仕事の合間の昼食2回で、2店ずつ回る計画を立てて現地入り。1日目は2店とも2玉も食べて、これは麺好きの私でもちょっと食べ過ぎでした。 もう一度行きたい順に並べると、竹清大円松下製麺所壱番屋となりました。

 竹清は躊躇なく2玉食べて、まだ欲しかったくらいです。これで200円。店先で女将さんがてんぷらを揚げ続けていますが、注文殺到で15分待ち。ゲソ天、半熟卵天、ちくわ天などどれも90円の熱々です。てんぷらが来る前にうどんを食べ尽くしそうになるのが玉に瑕です。うどんはご主人が打ち、湯がきたてを冷水でしめて丼にもらうので、そのままザルでも、温めて「かけ」でも、あるいは醤油うどんでも自分の好みです。私は最初をザルにして、最後を醤油うどんにしてみました。県庁の近くなので、出張などの際は是非、どうぞ。

 香川県外、関西はもちろん関東からのお客さんまで急増しているとの噂は聞いていました。製麺所が店頭で食べさせている、完全に通の店、松下製麺所で、行き会わせたお客さんで地元らしい方は1人きり。地図を片手の女性ペア、全員がリュックを背負った一族郎党風の7人組とも、明らかに県外組でした。それに私も。150円の1玉分をいろいろに食して、さらに別の店に転戦する気配です。香川のかけうどん出汁は「いりこ」で取ります。鰹節ほどクドくなく、透明で素朴で上品です。細ネギ、天かす、ショウガをたっぷり薬味にした松下製麺所の一杯は結局、全部、飲み干しました。

 2玉に大きなてんぷら3つ添えて500円しない安さ。それでいて都会では食べられない、店ごとに個性的な食感、極上の味。高松ではランチの値段が600円を超えると客が来なくなるそう。当然ですね。
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by ydando | 2005-05-14 16:45 | 食・健康
連休には「ナウシカ」全7巻版を開封し
 宮崎駿監督アニメの最新作「ハウルの動く城」が邦画の歴代観客動員数第2位に躍り出ました。5月1日現在で1500万人です。トップは「千と千尋の神隠し」(2350万人)、従来の2位は「もののけ姫」で1410万人でした。米国では6月から公開予定になっています。

 ブログにもファンの皆さんが多く、読んでみて辛口な批評があっても、新作が出たらまた見に行きたいな、という思いが伝わります。「『ハウルの動く城』二回目の感想」(Fair Child Place Ver2.0)はこう書かれています。「昔の宮崎アニメって繰り替えし見て筋書きを知っていても面白いと思ったが、最近のはそうでもない」「鴻上尚二さんが、宮崎アニメのプロデューサー鈴木敏夫さんと対談して、宮崎さんは物語を描かなくするようになったが、それでいいのです云々というようなのを読んで納得した」「見る方が考えないと理解しにくいように作っている」

 楽天広場に「宮崎アニメで何が一番好き?」があります。いろいろと書かれていても、最初の「風の谷のナウシカ」にやはり根強い支持がある感じます。この作品は映画とアニメージュに掲載された全7巻版とでは中身が違います。それは前から聞いていたのですが、なかなか読む機会がなく、やっとネット書店で購入したものの箱に入ったままになっていました。とうとう今度の連休中に開封して読みました。

 すっきりそぎ落とした映画版も依然として好きですが、こちら全7巻版の訴えるメッセージも噂通りに興味深いと思いました。長さが何倍もある超長編になりかねませんが、映像化して欲しいとも感じました。宮崎アニメならではの映像美が期待できるシーンで溢れています。宮崎アニメが全く知られていないころの「ナウシカ」は米国では勝手に編集されたりし、きちんとした形で世界に紹介されていないので、もう一度、取り組んでも良いのではないでしょうか。たくさんの宮崎アニメを見た人ほど、そう思うのでは。
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by ydando | 2005-05-11 00:06 | 文化スポーツ
米自動車産業の支援はどこまで本物か [ブログ時評21]
 トヨタ自動車会長でもある奥田碩・経団連会長が、業績不振に陥ったGM、フォードなど米自動車産業への支援を口にしたのが4月25日。日本の業界からは反発の声すら上がって単なるアドバルーンとも見られた。しかし、両社の長期債格付けは予想外の速さで投資不適格のいわゆるジャンク債に落ち、5月半ばにGMのリチャード・ワゴナー会長や研究開発担当副社長が来日してトヨタの張富士夫社長と会談することになった。

 4月半ばに「日本の自動車産業は世界を幸せにしない [ブログ時評18]」の結びで「歴史を考えると、自動車はある程度、豊かな利潤を前提に栄える産業のように思える。国内に乗用車メーカーだけで8社もあって競争が激しく、薄利体質の日本自動車産業。それが世界を席巻してリーン生産方式で各国各地固有の労働文化を崩壊させてきた。現地生産が進んで、もう貿易摩擦と受け取られることはなくなったと自動車業界が考えているとしたら、もう一歩進めて、自分も相手も豊かになるべき時期に至ったのだと考え直して欲しい」と書いた。今回の動きは私の憂いと同じものだろうか。どうやら違う。

 トヨタ首脳が考えているのは、米業界に「一息つかせる」短期的な支援でしかなかろう。日産が危機になった際、もしトヨタが人を出していたら、豪腕として名を上げたゴーン社長にも優る業績回復を成し遂げたに違いない。日産の体質が実は絞ればいくらでも絞れる「たっぷり濡れ雑巾」状態であることは、同じ業界のトップとして知らぬはずがない。しかし、人を出して経営改革したらトヨタを二つ作ることになってしまう。GMにも、フォードにもそれはしないはずだ。

 燃費が悪くて売れない米国車への技術支援はともかく、値上げも示唆した奥田発言には「自動車販売の不振」(経済まねきねこ)が指摘するように「米国消費者にとって値上げの理由が正当とも思えないもので恣意的に収益を犠牲にしたとも批判される可能性があり、米国消費者からの反発で訴訟問題が多発するリスクがありそう」との問題もある。

 ブログの世界で別の見方も当然、存在する。ウォール・ストリート・ジャーナルの「トヨタ、収益よりマーケットシェア優先か?」を引きながら論じている「BLUE LIONの視点」である。「GMを自動車メーカー世界トップの座から引きずりおろすことを狙っているが、これについて株主から疑問の声が上がっている」――「まさにその通りである。投資家は拡大よりも利益率に拘る」「シェア争いのみに終始している点もマヌケな発言でなかろうか」

 実際に投資家から異議申し立てが出ている。 トヨタの株価は昨年7月に最高値を付けて以来、下がり続けている。2006年に世界生産台数を850万台まで増やし、トップGMを追い落とす計画が昨年11月に発表されたが、世界的には生産設備過剰状態であり、投資家にはチャーミングには見えなかった。この株価の動きはトヨタ首脳に影響するに違いない。消費者の嗜好動向と並んで、株価下落を放置することも企業には出来ない。市場の力、収益性を上げよとの圧力はトヨタ以外の日産、ホンダなどにも同じように及ぶ。日本の薄利体質に疑問が付いているのだ。

 ではどうなるか。「GMショック」(為替王)は「トヨタが実際に米国での自動車販売価格を上げたとき、国内の他の会社や韓国の自動車メーカーは追随するのかどうか? その隙に、自分たちだけはシェアを伸ばそうと画策するのかどうか」と心配している。当面は韓国車だが、まださほどの力はない。さらに何年かしたら日本車の技術を盗んで成長している中国車も土俵に上がるかもしれない。その時は大乱戦も覚悟すべきかも知れないが、現在は鋼材価格の上昇など値上げ要因があり、短期的であっても日米協調は双方にかなりの果実を残すのではあるまいか。
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by ydando | 2005-05-08 17:50 | 政治・経済