◆新ブログに移行します◆Blog vs. Media 時評blog.dandoweb.comへどうぞ ――――――――――― ネットジャーナリズム活性化のために3/9=圧縮音楽の改善2/11=失敗国家と紙消費2/9=「ウェブ通」リンク集
by ydando
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ブログの自律的な情報組織化が欲しい
 あざらしサラダさんから「☆ブログはすでに新聞を『補完』しているのではないだろうか」という問いかけをいただいています。私の「ブログの現状はそれほど素晴らしいか」との疑問提起に答えたものです。あざらしサラダさんの「特定の分野に限っていえば、新聞記事以上に深い知識と考察を披露しているブログは数多く存在していると思います」「そして、このようなブログを閲覧することにより、日頃不満に感じている新聞記事を補完している自分に気づくのです」という認識は私も含めて、多くのブロガーに共通でしょう。

 では、私が何を問題としているのか。実は当該のブログを知っている人にしか、その手は使えない。仮に広範囲なブログを知っている方でも、突然、気にしたこともないテーマについて関心を持ったとき、どこに行けば良いのか分からないのが現状です。ブログに慣れた方は「ブロゴスフィア」(ブログ圏)という概念を持ちだして、ブロゴスフィア総体はメディアを上回っているといった表現を取られがちです。それはインターネットに含まれる情報の総体は、マスメディアの情報を上回るといった命題とあまり変わりません。一般の方が少しの努力でたどり着ける手段が用意されない情報は、有用ではない――この単純な事実を、表現を変えて言っているだけなのに、そのたびに過激に反発する方が出ていましたが、ようやく話がしやすい雰囲気になってきました。

 また、毎日新聞の方が、ブログでは無理だ、ジャーナリズムにしか担えない部分があるとの発言をされているのに、大西宏さんの「マスコミの現状はそれほど素晴らしいか」は引きずられているように感じます。BSEについてメディアの側も検証すれば、「落第」の続出になります。各社の社説ですら残念ながら危うい。私はマスメディアとブログの比較をしているのではないのです。次に進むにはどうしたらよいのか考えようと言っているのです。質を高めることもしなけれなりません。さらにブログが、あざらしサラダさんが思っているような存在になるには、現状では足りない。自律的な情報組織化のようなことが起きないといけないと、私は考えています。

 ネットの世界にはモデルがあります。個人ニュースサイトにもっと勢いがあった頃、各サイトのしていることを鑑定し、批評して、自律的に情報提供の質を高める動きが確かに存在していました。第128回「ニュースサイトが生む津波アクセス」とその続編に詳しく描いています。終わり近くに期待を込めて「いま対象にしている分野以上に視野が広がり、きちんと目利きするニュースサイトが現れ、そこからリンクが増殖するところまで発展していくのだろうか」と書いています。

 100万件に達しているブログの世界にも、目利きサイトや問題別「ハブ」、問題別センターのような存在が多数現れて欲しい。既に萌芽的な存在も散見されるようにはなっています。オリジナルは書けないけれど、色々と集めてくれているサイトのことです。問題別、話題別に「こいつは引き受けた」とボランティアになってくれる方がどんどん出てくださると面白いと思います。Googleに引っかかってくる前、報道があって丸1日以内に、そこに行けばお薦めブログが分かるような場所のリストが出来て初めて、「補完」、いや「並立」の時代が始まるのです。

 ところで、私がしていることもブログ情報の組織化のひとつでしょう。目的達成が見えてくるころまで、しばらくは続けるつもりですが・・・。
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by ydando | 2005-03-29 19:30 | ネット
ライブドアPJへ:自ら出発点の欠陥を正すのが先だ
 ブログでやり取りすれば済む程度の主張を、名誉棄損だとかライブドアPJニュースの場で声高に叫んでいるのを、嗤っているブロガーが多い。相手と同じレベルの愚を犯したくはないのだが、「顔を洗って出直しなさい」とは言わざる得ないだろう。話の発端になったのは「特集・パブリック・ジャーナリスト宣言(1)」である。引用しよう。

   すでに、『マスコミ』からは、日本のブロガーらアマチュア・メ
  ディア表現者らの中では「(議論ができる)準備された市民」は少
  数派で、ここでいうパブリック・ジャーナリズムについて「その計
  画は無理ですよ」などと、さげすむ声も聞かれる。

 私は「ライブドアPJに忠告し忘れた欠陥 [ブログ時評10]」で「ご当人達が意気込んでいるほどにはジャーナリズムの世界で注目されていまい」「『マスコミ』からの唯一のレスポンスを、私の連載第150回『ネットと既成とジャーナリズム横断』から取っている」と指摘した。これは暗に、他人の文章から引用しておきながら、引用元も示さないのは違法ですよ、とも言っているのだ。

 筆者の小田氏は私のトラックバックを無視したので、頬被りを決め込むのかと思っていたら、今回「PJニュースに出稿し、その中で、団藤氏のコメントを引用して」と認めてきた。それなら、他人にとやかく言う前に引用元を示さない違法行為をまず解消するのが、最初にすべきことだ。マスメディアの世界では、こうした違法行為のクレームが付いた記事は全文削除が一般的であることも申し添える。

 小田氏がこれを是正できないのには理由がある。パブリック・ジャーナリズムという妖怪がジャーナリズム界を徘徊していなければ困るのである。妖怪である以上はマスコミの誰かが気にしていなければならない。誰も気にしていないなら「●●症の徘徊」以下である。それで無理やり、私の文章から取った。今回の反論で、さらに論理の矛盾が露呈して失笑を買っている。「ネット掲示板にありがちなプライベートな言説なので、そういう見方もあるのかと見捨てておいた」という場所が、小田氏の言う『マスコミ』だったのである。捨て置けない雑誌「世界」よりはるかに小さなステージを『マスコミ』と称して、読者を欺いたレトリックの詐術。今更、是正できないはずである。

 明瞭な違法行為と読者への詐欺行為を解消してから、改めて出直していらっしゃい。ついでに、一年生記者みたいに、データのはめ込み方がしどろもどろでない、一読して判る文章をお書きになることを求めたい。
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by ydando | 2005-03-28 18:38 | ジャーナリズム
原発:電力会社と国の常識外れ [ブログ時評16]
 昨年夏に死傷者11人を出した美浜原発事故の責任問題で、関西電力は藤社長の降格を打ち出した。しかし、秋山会長は1年間そのまま職に留まり、来年6月に辞任する際に今回降格する藤社長が後継会長になる可能性が取りざたされている。一方、原発震災で注目されている浜岡原発訴訟で静岡地裁は、原告が求めている原子炉格納容器の耐震性計算書などのほぼ全面的な開示を命じた。これまでのように企業秘密を理由に数値などを伏せることを許さず「社会共通の要請」とした。いずれも原発の世界が依然として世間常識から外れていることを示す好例である。

 「美浜原発事故最終報告書案が提出される」(技術者の目)は関電の過失を「配管の配置が変更されても図面に反映せず保守管理業務発注者の義務を怠る」「配管の寿命が1年未満と判明しても技術基準を独自解釈して補修を怠る」、三菱重工の過失を「配管の点検箇所の登録を社員一人に膨大な作業を任せ登録ミスを誘発させた」「配管の点検箇所の登録漏れを気付いたのに関西電力に報告を怠る」とまとめている。類似事故を防ぐために第三者のチェック機関を設けてとの提案をしているのは、実質、国に対する不信任だ。

 「原子力安全・保安院はこれで良いのか??」(年寄りの冷や水)が言う指摘が妥当だろう。「原子力安全・保安院は、国民のために、このような国、企業を含めた全体の安全・保安体制について考える組織ではなかろうか」「国の決めた基準を企業が守っていないから、国の責任は何もなしとして企業の責任だけを追及するだけでは不満足である。何故このような現象が発生しているのかまで追及すべきである」。国には責任はないと口をぬぐう姿勢に不信は高まっているのだ。

 浜岡原発訴訟で原告側にいるらしい「薔薇、または陽だまりの猫」の「地震と原発/静岡地裁が中電に『文書全面開示』を命令」は裁判所への信頼を書いている。「データ開示により、東海地震に対する原子炉建屋・周辺機器などの耐震強度について、第3者専門家による検証が可能になったことに、絶大な評価をしていると同時に、裁判所の原発の安全性に関する認識が私たちの主張してきたものに等しいと言え、とても心強く感じています」。中部電力は抵抗するかも知れないが、電力会社任せでない検証ができ、初めて議論らしい議論が可能になる。浜岡原発は耐震強化策が取られると発表されているが、それで足りるのかも検証が要る。東海地震の緊急性を考えれば急ぐ。

 東京電力の原発見学ツアーで何が行われているのか。原発内部が見たくて参加しレポートしている方がいる。「柏崎刈羽原子力発電所の見学」(T家の日記)はこう。「実際行ってみるとテロ対策とかで原発の内部には入れず、サファリパークのようにバスで原発の建物の周りぐるぐる回って」「正直あまり面白くなかったんですが、ここで特筆したいのは、参加費8,000円にしては食事・ホテルが豪華であるということです」「今回参加者のほとんどは2回目、3回目・・というのには驚きでした」。豪華な部屋、食事の連続に、お土産はカニ1箱。実態を市民の目で記録しておく価値はある。

 原発をめぐる論議は難しくて、若い世代には「ださい」と敬遠される傾向がある。原発を巡る住民運動の高齢化が進んでいるが、身近なところで見えるものをウオッチすることに熱心な人がネット上で増えれば、また新たな展開が可能になろう。

 ◎5/18 英訳版"Nuclear Power: How Electricity companies and the administration stray from common sense."...Japanese Blog Review 2を公開しました。
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by ydando | 2005-03-27 21:15 | 資源・環境・災害
ブログ時評シリーズ初の英訳版公開
 「輝きが無いソニー改革人事の違和感 [ブログ時評14]」の英訳版を専門家に頼んで作ってもらい、親サイトにある英語サイトで公開しました。"Misgivings about the dull personnel revolution at Sony "です。

 英訳だと引用先へのリンクを付けても事実上、読んでもらえないので読みやすくする方向で省略し、オリジナルの日本語版へのリンクを冒頭に付けています。海外の人にも関心を持ってもらえそうなテーマを選んで、今後も続けるつもりです。英語サイトの訪問者は月間2000人足らずですが、日本のブログの動きが多少でも海外に伝われば面白いと考えています。身近に海外ビジネスマンとかいらっしゃる方、ご紹介くだされば感謝です。

 ※3/28追補 餅は餅屋に任せるべしと英語ポータルサイトのjapan-101.comに全文転載を打診したら、エディターから"That is an excellent article. I'm glad to hear you will allow me to share it with visitors to Japan-101.com."との返事でした。トップページと
http://www.japan-101.com/business/sony_revolution.htm
に転載されています。期間は1,2カ月だと思います。
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by ydando | 2005-03-25 01:49 | ネット
ブログの現状はそれほど素晴らしいか
 ブログの世界で「アクティブ」と目されている方たちから不満の狼煙が上がっているようだ。「新たに生まれたブログの世界は素晴らしい」と新参者が賛美しないのが、お気に召さないと見える。ブログは現状でマスメディアのレベルを凌駕しているという幻想に酔いしれている方たちは、素直に見直して欲しい。今年にはいってからだけで結構だから、私がブログ時評シリーズで書いたものを読まれると、ブログの知のレベルが自ずと見えるはずだ。意図的に選んだテーマではなく、どんどん起きる時事問題から自然な成り行きで毎回、多数のブログを収集して読み、書いたものだ。私はこのレベルで満足してもらっては困ると思っているから、ブログ時評シリーズで指摘している。

 「BSEはメディアリテラシー力を問う [ブログ時評15]」の分析では、中身の濃いと見られるブログでも多くがミスリードしている実態が浮かんでいる。文中にある15編とは言わず、私が集めた60編ほど全体でも真の問題点を理解していないものの方が圧倒的に多い。一つひとつの書き込みの意欲は大いに買ってよい。しかし、「もっと勉強しようよ」と言わざるを得ない。書き出す前にGoogleで検索するだけでも随分違うと、前に書いたと思う。自分の感性を信じるだけで現在、次々に発生している事象が語れるほど単純であろうはずもない。

 インターンネットの情報の99%はゴミであるというのは、生まれた当初から言われていることだ。もちろん、情報のやり取りをしている当事者にとっては、世間話であっても意味がある会話であり、ゴミかどうかは情報を探している人の立場による。キーワード検索が引き出してくれるリストは、その市民社会の知のレベルが現れているとも言える。はっきり言ってGoogleが返してくれる検索結果の質は、落ちている。言論は自由。だからこそ、ネットの書き手は考えねばならない。プロだと言っている人なら、もっと考えねばなるまい。


 ★3/29追補=続きはブログの自律的な情報組織化が欲しいに移っています。
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by ydando | 2005-03-23 00:32 | ジャーナリズム
BSEはメディアリテラシー力を問う [ブログ時評15]
 米議会が対日圧力を強める中、ライス国務長官が来日して「米国産牛肉輸入再開=BSE(牛海綿状脳症)全頭検査緩和」問題が、ネットの世界で大きな議論対象になっている。2003年12月に米国でBSE感染牛が見つかって輸入禁止になってからだけでも、随分なメディア報道の蓄積があり、ブロガーが自分たちで見つけてきた資料も豊富になっている。読みこなせていない発言も多々あり、メディアリテラシー力が問われるテーマである。

 全頭検査をしていても、流通する牛肉で病原プリオンがゼロになっていない事実をまず確認したい。検査には検出限界があり、そこまでプリオンの量が増えていない牛は合格してしまう。ではどうするか。脳や脊髄、回腸といったプリオンが貯まる危険部位を全ての牛で除去する。これが徹底できていれば良いのだが、国内でも完璧とは言いがたく、混入ゼロと断言できない。牛同士なら百分の1、あるいは千分の1グラムのプリオンでも感染するとされるが、人間とは種差、種の壁があるからそんな微量では感染すまい――と考えているのが現状だ。

 従って、20ヶ月以下の牛を検査対象外にするのは検出不能であるからで、検査して陰性であったとしてもプリオンを持たないと保証するものではない。これがどこまで理解されているだろうか。各種テーマごとに意見を収集しているのが「ブログにコメントGood! or Bad!」。その「牛肉輸入再開?」は「ブログ記事から内容の濃いものを」15編「独断で選んで」いる。論じ方には色々あって判然としない場合もあるが、読んでみて過半数の方がどうやら理解できていないと判断した。

 レベルの高い例なら「翻訳者魂」の「圧力に屈し、食の安全性を放棄」はミネソタ州立大のW・ヒューストン博士が「2003年に日本で生後23ヶ月のBSE感染牛が見つかった」ことについて「汚染された飼料を大量に摂取したということでしょうね。汚染飼料を大量に摂取すると、潜伏期間は短くなるのです」と述べた英文記事を紹介しながら、「生後20ヶ月未満の牛は本当に安全なのだろうか?」と結んでいる。正解はもちろん「安全でない」である。さらに、発見された生後23ヶ月感染牛の周辺には検出限界近くまでプリオンを持った牛がいたと推測できる。

 安全を担保できるのは全頭検査ではなくて、危険部位除去の徹底なのだ。輸入再開へ向けて検査を緩和するのか、政府から諮問を受ける、注目の食品安全委員会。その下にあるプリオン専門調査会を昨年8月から傍聴しているという「BSE&食と感染症 つぶやきブログ」は諮問内容から肉骨粉の混入防止策などが除外され「危険部位が除去された(ことが前提の)肉の検証」になりそうとのニュースに、眉をひそめている。

 同ブログは、3月15日付「NYタイムズ紙が社説で『飼料管理、きっぱり改善すべき・必要なら全頭検査も』と主張」とのニュースも伝えている。社説の原文は台湾のサイトに転載された「The beef merry-go-round」で読める。ニューヨーク・タイムズまで全頭検査を言い出したのかと誤解しない方がよい。日本の緊急避難的な全頭検査とは趣旨が違う。米国の検査規模は非常に小さく、感染の恐れがある牛の肉骨粉への転用、飼料への使用規制もしり抜けになっている可能性が高い。牛肉の国際取引を再開するために、食物連鎖の輪からBSEプリオンを一度、完全に排除する必要があり、そのためになら全頭検査も厭うなと読める。

 いずれにせよ、ライス国務長官の日本での発言「国際的な、科学的な根拠に基づいた基準が存在する。日本は、ぜひ世界基準にしたがっていくよう望む」とは違う思想であることだけは間違いない。

 【2006/1/30追加】米国からの輸出再開で危険部位付き肉が早速見つかりました。今日の国会の論議で明らかになったように、事前調査する閣議決定にも背いていたとなれば、安全を担保するための約束を守らせる気が無かったと言われても、政府は言い訳できない状況です。中川農水相の弁解「輸入を再開してみなければ適正に履行しているか判断できない」とは、語るに落ちた観ありです。
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by ydando | 2005-03-20 00:20 | 食・健康
輝きが無いソニー改革人事の違和感 [ブログ時評14]
 初の外国人会長CEO(最高経営責任者)と下馬評になかった地味な技術畑社長で、ソニーの顔が一新されることになった。本業のエレクトロニクス分野で魅力的な商品が出なくなって久しく、ゲーム機や映画ソフトの儲けで食いつないでいる事情は広く知られている。ソニーの製品は古くから広く家庭に浸透している。私の家の皮切りならアンプ部が真空管だったテープレコーダー。それだけに一般の関心が高く、本当にこの危機を乗り切れる経営陣か、株価は上がってもネット上では危惧する声の方が多いと感じた。

 「ソニーの原点はモノづくりだと思います」とする「ソニー経営陣交替について考える1」(大いなる夢)は少し前に出たハワード・ストリンガー次期会長のインタビューを読んだ感想として、こう指摘する。「モノづくりを重視せずに、クールなエンターテイメント企業としてのイメージ、ブランドを維持しようとするのでは、ますますソニーとしての強みを失っていくことになるでしょう」。そして、オンリーワンのモノづくりで息を吹き返したアップル社と対比している。

 「ものづくりこそ本筋」というのが米国メディアでの反響でもあるらしい。「Made in Japan」(Studying Journalism in the Bay Area)はNew York Timesビジネス面などの紙面を埋めていると伝え、Financial Times紙の社説の結び「rediscover its inventive roots」を紹介している。

 そんな中で好意的な評価をしているのが「PSPのAV機能を活用する!」の「ストリンガー氏の下で進む米国法人主導のソニー復活戦略」。「『ハードに魅力がないから売れていない』のではない。むしろ逆で、『ハードと連携すべきソフトやサービスが貧弱』なことがハード自体の魅力を大きく損ねている」。アップルのiPodに負けたのも独自の音楽圧縮再生規格にこだわって、市場にそっぽを向かれたからだ。「ソニーなりに、ハードとソフトとサービスの善循環モデル=コンバージェンス戦略を作っていかなければならない」「ストリンガー氏が米国にいることはソニーにとって意味がある。なぜなら、ソニーの社運がかかったコンバージェンス戦略はもっぱら米国法人が進めているからである」

 私は新社長になる中鉢良治氏の発言「今のソニーの商品をみると消費者の視線が少し欠けている。もう一度消費者が何を求めているのか、原点にかえらなければならない」の言葉が気になってならない。妙に当たり前すぎるのだ。歴代のソニー社長が言って、ふさわしい言葉だろうか。文字通り世界を相手にした創業者・盛田昭夫氏のことを思い出さずにはいられない。

 「ソニーねえ。。。」(プログレッシブロックな非線形衝動)はこうみる。「ソニーが確実に失ったのは『文化』に他ならない。簡単に言えば出井CEOは、盛田氏ほど音楽や映画・映像が好きではないし、クリエイティブなことや人間がワクワクする気持ちを知らない」。声楽家出身だった前の大賀典雄社長だって、ワクワクする商品づくり志向の方だったと記憶する。

 ネットを歩いているうちに以前読んだタイム誌特集「20世紀で最も影響力のあったアジア人」の記述が脳裏をよぎった。「Letter from Abroad」の「盛田昭夫」で翻訳が公開されている。カリフォルニア大のジョン・ネイサン氏が書いている逸話はこう。「盛田の放っていた輝きそのものは、彼の残したソニーへの遺産のひとつとして今も生き続けている」。大賀氏に出井氏を抜擢した理由を聞くと「ソニーを率いる者には、輝きがなければならない」と語ったという。出井伸之会長も95年に登場してしばらくは輝いていた。ストリンガー・中鉢体制にそれが全く感じられないことが、今回のソニー改革で最大の違和感だ。



◎3/25に、今回の英訳版を専門家に頼んで作ってもらい、親サイトにある英語サイトで公開しました。"Misgivings about the dull personnel revolution at Sony "です。
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by ydando | 2005-03-13 14:09 | 政治・経済
ネット右翼的な思考回路は限界~若隠居さんへのお答え
 結論の部分からご返事しましょう。「ブログ時評におけるネット右翼論に疑問を呈する 」の最後にあるように「スポーツナショナリズム・ネット右翼なんてレッテル張り」をしているのではありません。日本という共同体の一員として、他の共同体と向き合い、日本国家を意識する場面で生まれている思考の回路では、現在の日本社会が直面している本当の課題には到達し得ないのです。右翼的言辞について「素直な心でやっていることを、そのままに受け止め」「建設的な議論をする」のが、財政構造改革、教育問題、年金問題などを考える糸口になるのですか。

 ネットの議論は現状でもマスメディアの水準を凌駕していると豪語する方が多数います。本当でしょうか。そういう質の議論があることは事実ですが、広く一般市民が容易に接することが出来なければ存在しないのと同じです。「十個は秀でたものが混じっています」と千個の文書を渡されて読む人がいるでしょうか。私が97年から続けている「インターネットで読み解く!」は、ネット上の知のピークを広く利用可能にする仕事だとも言えます。ちょうどgooやinfoseekが立ち上がった瞬間から検索エンジンを利用してきました。リンクの相互分析を使い、この数年で熟成してきた検索結果が、ブログの隆盛で雑音だらけになりつつあります。

 すべてが「ネット右翼」と目される議論のせいではありませんが、金太郎飴を切ったような議論をいつまでも続けるのは止めにして、日本社会が直面している現実と関わる議論に移りましょう――というのが私が最も言いたかったことです。社会のありようとこれほど乖離しているのは相当に変です。ネット検索を使う市民が増えている現在、その成果は伝わるはずです。マスメディアに影響するようには直ぐにはならないでしょうが、そのポテンシャルは十分あります。メディアは本当に手詰まり状況なのです。

 最後に、小倉さんの呼びかけに、どなたか応えられたとか。社会学系の研究者を脅してブログを閉鎖に追い込んだ例を知っているので、右翼という自覚を持つ人も混じっているのでしょう。「自分は真ん中」という意識が「ネット右翼」を支配していることが私の論点ですから、どなたか一人の応募に影響されるものではありません。
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by ydando | 2005-03-08 00:09 | ネット
公論の場を貧しくするネット右翼の病理 [ブログ時評13]
 ブログの世界を中心に時事問題への議論を収集して3ヶ月余り、ネットに右翼的言辞が氾濫しているのに、個別政策的な課題では右からの発言がほとんど無いことに驚いている。NHK・朝日問題に関連して、在米研究者の卵による「むなぐるま」は「日本ではリベラルブロガーのハブはないのだろうか」と問いかけて話題になった。私の立場からは保守系のハブサイトこそ教えて欲しい。「小さな目で見る大きな世界」の「リベラルの不在、保守の不在」が「何を重視するかということで違ってくるのだろうけれども、保守の人たちはずいぶん取り上げていない問題があるよなあと感じている」と指摘する思いに近い。

 「ネット右翼」と目される集団が押しかけ、多数のコメントの山を残した「小倉秀夫の『IT法のTop Front』」では、ネット右翼というものがあるのなら自分こそと名乗ってみて、との趣旨の呼びかけがされたものの、反応は無かったようだ。ネット上で主に対中国、対韓国・北朝鮮、対マスメディア関連で右翼的言辞を並べているブロガーの立場には共通点がある。「自分は真ん中。右に見えるのは、あなたが左にいるからでしょう」といった感覚。そして、自分のブログを持たず、コメント欄だけに書き散らしているグループと大集団を作って居心地の良さに納得している。

 国を誇る、真っ直ぐな思いを貫いている――大集団の光景はスポーツナショナリズムに極めて近い。サッカー・ワールドカップ予選でテレビ中継が始まった瞬間に、ニッポン・ガンバレに切り替わってしまう心情である。どちらも、ナショナリズムが生まれるメカニズムは共通している。日本という共同体の一員として、他の共同体と向き合い、日本国家を意識する場面だ。「マスメディアによる自虐的報道」を非難するスタンスも同じである。このメカニズムで生まれた右翼的志向である限り、目を転じて共同体内部の個別の問題に対処する基盤を持たない。外に向かっては一致していても、内部利害はばらばらだ。

 自民党政権が磐石だった時代、最初から政権を取るつもりが無い野党に代わってマスメディアが政権批判の柱だった。今、政治家、官僚を含めて国家が生き方モデルを見失い、攻め手のマスメディアも整合性があるモデルを提示できない。こんな時代だからこそネット上に公論の場を造りだす意味が大きいと考えているが、ネット右翼では「右」を代表することは出来ないと早く気付くべきだ。惰性に任せては先行きが見えない社会を変えるために、大手術が必要と右の立場で考えたら、相当に骨太の枠組みを考え出さねばならない。左の立場なら弱者のために抵抗するくらいでも形は出来る。現政治状況に当てはめると、中曽根元首相なら、不肖の後継者・小泉首相の課題ごと丸投げ路線に忸怩たる思いをしているはずである。


 :小泉改革については最初から否定的に扱ってきた訳ではありません。特集「小泉構造改革を考える」で考えてきた流れが一覧できます。
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by ydando | 2005-03-07 00:05 | ネット
たばこ事情に見る中国も大変
 世界の喫煙人口11億人のうち3億2000万人は中国人とされる中国のたばこ事情を、中国情報局の「たばこ大国中国、問題知りつつ税収1割頼る現実」で知った。発効した「たばこ規制枠組み条約」の関連でヒットした記事なのだが、中国は調印しても、まだ批准していない。

 中国のたばこは、軽い味が主流になった世界では例外的にヘビーで、輸出できないと言われる。その「たばこ税」で国家税収の1割前後も稼いでいるという。昔の日本のように専売制で、たばこ農家も「重い」葉を栽培していて方向転換は容易でない。当然、たばこ規制には異論が出る。ちょうどJMMで配信された『大陸の風-現地メディアに見る中国社会』第40回「たばこのけむり」には「たばこ業界は我が国国民経済の支柱産業の一つである。昨年の税込利益は250億米ドルに達し、前年比3分の1近い伸びを示した」(毎日経済新聞)とある。

 関連記事リンクをたどると、「中国:タバコ消費大国、未成年者の喫煙が深刻」に行き着く。「中国衛生部が実施した調査では、大学、高等学校、中学校の男子学生ならびに生徒の喫煙率は、順に46%、45%、34%に達している」そうだ。日本の「この1ヶ月にたばこを吸ったことがある」と答えた者の割合とほぼ並んでいる感じだ。家庭がかなり甘いと伝えている。

 本国では、たばこ規制枠組み条約で追われる立場の海外たばこメーカーは、中国に軽い味のたばこを売り込む構えをしている。日本だって私の連載第135回「たばこ依存脱せぬ日本人を考える」で書いたように決して誉められたものではないのだが、経済発展の中でたばこが広まっている中国は国民の健康との兼ねあいで一段と難しい立場にあるようだ。
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by ydando | 2005-03-04 00:59 | 世界