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by ydando
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カテゴリ:文化スポーツ( 22 )
大魔神・佐々木投手引退へのオマージュ
 日本人選手、大リーグ進出の一時代を築いた「大魔神」佐々木主浩投手(37)が9日の巨人戦を最後に引退します。改めて筆をとるよりも、彼の全盛期に書いた「インターネットで読み解く!」連載第92回「新・日本人大リーガーへの科学的頌歌」を紹介して、彼へのオマージュとします。

 特に「◆魔球・高速フォークボールの空気力学」の節で「フォークボールと剛速球の組み合わせは、金属バット強打者にも、大リーガーに対しても通用する。テレビ観戦の目にはとんでもないワンバウンドボールと映るフォークを、打者が強振してきりきり舞いする、その秘密」をご覧になってください。引用している論文のリンク先が健在ですから、両者の球筋がどうして区別できないのか示した写真なども見られます。
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by ydando | 2005-08-10 02:39 | 文化スポーツ
アップル配信で音楽業界の目は醒めるか [ブログ時評31]
 既に欧米で人気があるアップル社のネット上音楽配信サービス「iチューンズ・ミュージック・ストア」(iTMS)が8月4日、日本にも上陸し、マスメディアやネットユーザーの多くから好評を得ている。1曲150円が中心価格であるため、高止まりしていた国内の既存音楽配信サービスも一斉に価格引き下げに出た。

 使ってみた印象は聞きしに優るものだった。こなれた使い勝手、ジャンル多様、100万曲からのワイドセレクション、曲名をクリックするだけで30秒は聞けてしまう。評判しか知らない新しい曲、懐かしい曲、名指揮者の聞いていない盤など、とりあえず楽しんでいると際限が無い。既に2年以上も海外でサービスをしており、日本は20カ国目。Jポップはもちろん歌謡曲や演歌まで含めたローカライズにも抜け目は無い。

 AV-watchインタビュー「iTunes Music Store、日本での準備は100点満点」を引用しながら語っている「情熱」(la vie)の通りになって欲しいものだ。「音楽を愛している専任チームってところがAppleらしい」「このビジネスモデルが音楽業界に一石を投じて、業界、消費者、作詞・作曲者などなど、みんながWin-Winな関係になれるように良い方向に改善されていくといい」。しかし、ソニーやビクターなどの大手レーベルが楽曲を提供するのを拒んでいるのも事実だ。ちょっと聞いてみたいと探して見つからない歌謡曲ならいくつでも指摘できる。

 実は日本の音楽産業は危機的な状況にある日本レコード協会のデータから作成した次のグラフを見て欲しい。コンパクトディスクが登場した1984年から2004年までのディスク・テープ生産金額、つまり音楽ソフト生産額と歌手デビュー数との推移をいっしょに見てもらえるようにした。
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 音楽ソフト生産額は1998年の6074億円をピークに、際限が無い落ち込みに突入した。2004年の3774億円はピーク時の62%にすぎない。業界は不正なコピーやファイル交換の蔓延などを理由に挙げがちだが、実態は違うと考えている。ひとつの傍証に歌手デビュー数の流れを見て欲しい。生産がピークだった1998年には202人と最盛時の4割にも落ち込んでいる。この業界は全盛のピークにさしかかるころから地道な努力を厭いだした

 2002年に書いた連載第127回「音楽産業は自滅の道を転がる」と海外からも随分読まれた英訳版の指摘「マーケティング技術でつくられた特殊な好況構造への過度依存」が何十年もかけて蓄積した音源をこつこつと売る商売の仕方を吹き飛ばした。メガヒットでなければ無意味と、一攫千金の仕事にしか興味を無くし、次世代の才能を育てる努力を怠っているうちに、定番のように考えていたメガヒット・シングルが出なくなった。

 「音楽産業は自滅の道を転がる」で、これまで無視していた50代から上の世代にも目を向ければ、ネットでの音楽配信にも活路があると指摘した。しかし、実現した配信システムは曲の値段は法外だし、CD-Rへの焼き付けも出来ないなど問題点は放置されてきた。iTMSのシステムは当時からの私の問題意識にかなりの面で応えている。ここでレーベルの壁を持ち出して冷や水を掛けるのではなく、少しでも多くの音楽ファンに戻ってきてもらうことを最優先にして欲しい。そうでなければ、生産額グラフの一本調子の落ち込みにブレーキを掛けることは覚束ない。
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by ydando | 2005-08-07 16:50 | 文化スポーツ
地上デジタル普及へ総務省の“悪あがき“続く
 今日28日の日経新聞朝刊3面トップに横見出しカットで「デジタル放送『録画1回きり緩和』」と割に派手な記事が出ていました。ところが、ネット上の日経サイトには不思議なことに反映されていません。またも特ダネの載せ忘れかも知れません。「総務省、放送業界と調整へ」「2-3回の複製容認浮上」と続くので、関心を持つ皆さんが比較的多い記事のはずです。緩和の狙いは、現在の録画規制が厳しすぎて地上デジタル放送の普及を妨げかねないので、何とかしたいというものだそうです。

 DVDレコーダーを持たれている皆さんは、2004年春から「コピーワンス」の規制が始まっていることはご存じでしょう。例えば、番組をハードディスクに録画出来て、それをDVDに焼き付けるとして1回きりはオーケーになりますが、ハードディスク上のデータは自動消去されます。もしもDVDメディアが不良品で焼き付けに失敗しても、元のデータは消されてしまうのです。つまり手元には何も残らない始末になります。「無理を重ねた地上デジタルの副産物 [ブログ時評29]」で指摘した「ユーザーの利便を無視した、行き過ぎとも見える仕組み」の一部です。

 こんな酷い仕組みまで導入して、デジタル放送番組のコピーを防ぐのに躍起になっていたのです。それが地上波デジタル普及の邪魔になると総務省が気づいたので、となるのですが、あまりにも遅過ぎます。もうコピーワンス機器は出回っていて、ファームウエアと呼ばれる修正プログラムの配布程度では済まない恐れが大です。機械に強くない人も多く使うDVDレコーダーの、かなり基本のところで規制が変わるとしたら、消費者の混乱は必至でしょう。先日も書いたように、2011年のアナログ放送停止が不可能になりつつある現実を前にした、総務官僚の悪あがきにしか見えません。こんな先行きが見えない官僚たちが、かっては優秀と言われていたのですね。
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by ydando | 2005-07-28 18:12 | 文化スポーツ
無理を重ねた地上デジタルの副産物 [ブログ時評29]
 総務省はインターネットを通じてテレビの地上デジタル放送を配信する方針を固めた。2011年のアナログ放送停止に間に合わない地域を解消するための苦肉の策だ。民放連も現在の放送地域割を崩さない範囲でなら応じる意向という。地方の弱小テレビ局にとって、放送設備のデジタル化に加えて中継局の新設は負担が大きく、間に合いそうにないからだ。当面は分ける約束が守られたとしても、放送と通信の垣根が壊されることに違いは無く、無理を重ねてきた地上デジタル化政策は思わぬ副産物を生みそうだ。

 ADSL回線は認めず、光ファイバー回線が対象になる。この方針変更が対象にしている地方の難視聴区域などは、光ファイバー回線の敷設が最も遅れている地域でもある。その意味で「本気で言っているの?」といった疑問がネット上、あちこちで読めた。毎月数千円かの回線料負担を地域の全所帯が受け入れるのか、未知数でもある。しかし、ネット上で最も不便な地域が全て光ファイバー回線化されるとしたら、放送の問題に止まらぬインパクトがある。

 専門性がある個人業の立場で「建築家と税理士のささやき」の「ネットで地上波デジタル放送を容認する意味」はこう書いている。「この意味するところは、来年中には地上波デジタル放送をネットで見る装置を持った家庭が増える、即ち、家庭レベルで、数万円の追加投資のみで大画面テレビ会議のネット利用ができる素地が整うということである」「これは、仕事の遂行形態を大きく変えることを意味し、どの分野にとってもビジネスチャンスとなる、大転機ではなかろうか」

 新聞だって、こういう地域は配達するのに一番手間がかかる。SXGA(1280×1024ピクセル)の17インチ・ディスプレイが家庭でも主流になることと併せて、新聞は画面で読んで、残したいものだけ切り抜きの要領で印刷する「ネット配信形態」が一気に広がっておかしくない。その場合ならどんな田舎でも新聞は都市部の最終版になる。あるいは読みたい時点で、一番新しい紙面を手にすることになるか。

 冷静に考えると、今回の方針変更には相当な出費が必要である。新しいシステム、新配信機構、光回線敷設への補助などなど。そう思うと地上デジタル化にかかわる資金がどこから出ているのか思い出され、「私企業への公的資金導入が報道・議論されない不思議」(零細投資家の独り言)のように言ってみたくなるのは当然だろう。「地上デジタルTVに関してはその大半が携帯電話利用者から徴収されている電波利用料が勝手にNHKと民放テレビ局に支払われている。しかも許可を得れば地上デジタル化以外の用途にも使えるというなんともいい加減なシステム」

 肝心の2011年アナログ放送停止は可能なのだろうか。日経BPの「2011年7月24日にアナログ放送停波に向けて~『テクノロジー・サミット』報告(5)」は「地上デジタル・テレビのカラー・テレビ全体に占める割合は2005年5月単月で32.4%まで伸びてきているのに対し,CRTテレビ全体に占める地上デジタルCRTテレビの割合は4.5%」「安価なCRTテレビへのデジタル・チューナー搭載比率が上がらない限り,デジタル放送への完全移行は難しい」と書いている。

 アナログ放送停止6年前の現在時点で、売れているテレビの3分の1にしか地上デジタル・チューナーは搭載されていない。私の連載第132回「テレビ地上波デジタル化の読み違い」で一般ユーザーの現実とかけ離れた政策であることを論じた通りである。電機業界はパソコンによるデジタルコピー防止のために、ユーザーの利便を無視した、行き過ぎとも見える仕組み作りに血道を上げているのに、こちらではインターネットに載せる道が開かれる。失敗が見えてきた時点で官僚がエクスキューズを始めたとも見えるが、特定のところに利権が流れる匂いもする。
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by ydando | 2005-07-24 01:31 | 文化スポーツ
香港映画「頭文字D」を見た海外読者からのメールです
 「日本コミック発の香港映画が特大ヒット [ブログ時評28]」を読まれたマレーシアの読者から、興味深いメールをいただきました。中国と東南アジアは同時公開でしたので、現地の雰囲気を伝える貴重な情報だと思います。昨夜も、同僚と映画を見た現地の人にインタビューに行くべきだ、と論じ合ったばかりでした。


 マレーシアに住み、製造業を営んでいる者です。団藤さんが「頭文字D」を話題にされ、驚くとともに私もこの映画で反日運動は何だったんだと思いました。中国、東南アジア地区で公開されて以来、ここマレーシアでもロングランが続いてます。(中略)早速見てその迫力に感動しました。久しぶりに映画を見てスカッとしました。青春映画としても楽しめました。

 スターウォーズのバトルシーンは所詮作りもの、頭文字Dの実写の迫力の前には空絵ごとです。総てが完璧に上手く行き過ぎているのが鼻につくようになってしまいました。見てる方もコンピュータによる作り物と安心して見ていられます。手のひらに汗をかきません。

 映画では拓海が運転する86レビンを遠景で捉えたシーンがあります。一度ドリフトしたのをカウンターを当てて立て直し、その後四輪ドリフト状態になりコーナーに入っていきます。ぎこちない曲線です。しかし、そこにリアリティーを感じました。

 映画館内では最後は中国人もマレー人の若者も大喝采でした。すごい一体感を感じました。日本アニメの原作を日本で撮影し、日本人スタントマンに運転させ、台湾香港の俳優が日本人を演じてセリフは広東語、中国東南アジア地区で同時公開と香港映画の割り切りは凄いですね。マレーシアで外国人労働者の大量使用に躊躇している我々日系企業とは大違いです。

 また台湾香港の俳優の演じる日本人が不自然でないのにも驚きました。ただゲロを吐くシーンが多いのがちょっと日本人のテーストとは違うと思いましたが、当地では嫌悪感なく笑ってました。我々がアメリカングラフィティーを見てアメリカの若者文化に憧れたように中国東南アジアの若者を憧れさせるものを日本が提供できる限り日本の将来は明るいと思いました。

 カッコいいものはカッコいい。面白いものは面白い。と反日運動を無抵抗に飲みこんでしまったと思いました。中華系を日本人に同化させてしまった香港映画の商業主義にも感心させられました。

 今後とも硬軟取り混ぜた時評宜しくお願いします。
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by ydando | 2005-07-13 00:56 | 文化スポーツ
日本コミック発の香港映画が特大ヒット [ブログ時評28]
 日本のコミック「頭文字D」(イニシャルD)を実写にした香港映画が、CNNによると香港で「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」を大きく上回る興行収入を記録している。中国本土では熱狂が起き、チケット販売額は2週間で5500万元(7億5千万円)、香港や台湾を加えると1億元を超えると「《頭文字D》広州功労祝宴会V視聴!」(F4迷のひとりごと るるるF4♪)が伝えている。

 物語の舞台は群馬県の峠道。カーブだらけの下り道で「走り屋」と呼ばれる若者たちが運転のテクニック、車のチューン技術を競う公道レースをしている。元・走り屋、豆腐屋の父に命じられ、往年の名車「ハチロク」で峠を越えて早朝配達している高校生拓海がそこに登場して……。何とも日本的な設定なのに、香港映画のスタッフが台湾の若手トップシンガー、ジェイ・チョウを主役に起用し、不可能と思われていたレースシーンの実写をやってしまった。ロケは日本で、言葉は広東語という不思議さ。恋人役は日本人タレントの鈴木杏。

 このコミックを元にCGを多用して作られたアニメを、私はテレビ放送時から気に入っていて、全て見た。意図的にタイヤを滑らせ、四輪ドリフトで自在にカーブの連続をすり抜けるなど、実写で撮り切ろうとするとは狂気の沙汰。同じように思っていただろう「頭文字D」(タフのココログ日記)は「映像見て思ったのはやっぱり日本よりも香港映画のほうがクオリティが高い気がする。てか日本じゃ出来ないだろうな」と感想を寄せている。日本公開は9月で吹き替えと原語版と両立てになる。映画公式サイト「頭文字D」では、原作者しげの秀一さんのインタビューがあり、「実力のある人がきちんと作った。制作者に喝采したい」と話している。

 大ヒットのニュースはCNNの英語版で最初に知った。何故か、国内マスメディアには流れていない。それくらいマイナーなものに中国で熱狂が起きるのが面白い。CNN英語版は春の大規模反日デモにも触れて、「香港の人たちが日本へ強い関心を示しているのと対照的だ」としていた。しかし、その後、伝えられたことから見れば香港に限られた現象ではなかった。文化的にも人的にも混淆、融合した状況を、現地にいる「淮海中路日記・上海淮海中路887号からお送りします。」は「登場人物の名前も地名も全部日本のまんま。藤原拓海とか群馬ナンバーとか秋名山とか。それなのに登場人物は平気でマンダリン、というのは今までにない面白い状況であるなあ」と書いている。

 理屈抜きに何かが変わったと思わせる。その何かを同定するために、もう少し成り行きを見守りたい。国と国の間とまでは言わないが、人々の間にあった心理的な壁のどこかを崩しそうな気配がする。

 【追補7/13】[香港映画「頭文字D」を見た海外読者からのメールです]を掲示しました。現地の雰囲気を伝える貴重な情報です。
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by ydando | 2005-07-10 15:28 | 文化スポーツ
高校野球:記者取材活動の一原点
 地方紙の記者の方が開いているブログ「地方都市日記」に行き当たり、そこで高校野球についてクールに語られている文章を見て、ちょっと昔語りをする気持ちになった。新聞社の舞台裏でも20年前後も前だから、もうどこにも差し障りは無い。私は地方支局から本社に上がる際に科学部に行った記者だが、高校野球取材でこんなことも体験できると知ってもらえる意味はあると思う。

 高校野球の担当者になったのは和歌山だった。戦前の和中・海草、戦後では箕島、そして近年は智弁和歌山と全国制覇のビッグネームが並ぶ。地元UHF局が地方大会の全試合を中継し、前もって特番が組まれる。担当者は地元の監督経験者ら野球専門家に交じって相応のコメントもしなければならない。参加30校ほどのこじんまりした大会だから、準備に県内取材網の協力も得つつ、自分でほとんどの高校に足を運んでみた。決まりきった取材項目をこなしてから何を見てくるか、が担当者の仕事だと思う。練習に見入っている地元の物知りから人間関係などの情報を聞き出したり。することは結構ある。

 創部何年目だったかの智弁和歌山は下馬評にあがっていなかった。しかし、夕暮れが近いグラウンドでのノック練習は印象鮮烈だった。内野を同時に飛び回っているボールの数が、他のチームよりはっきり多い。「ぼーっとしてれば怪我をします」と監督の言うように、なんとも言えない緊張感がその場を貫いていた。昨夏、米国のテレビ局から取材クルーが、イチローたちがたびたび高校野球に言及するのに興味を持って来日し、取材して帰った。彼らが夕暮れの智弁和歌山に行って見たものは、20年前の私と同じだったろう。テレビ特番で「4強を脅かす」と言い出したのは私だけだった。

 それまでの和歌山野球は細かい、通好みだった。箕島と言えばプッシュバント。走者を出せば、ピンポイントに球を転がし守備をかく乱する。甲子園を沸かせた箕島野球に陰りが出ていた年、金属バットに超々ジュラルミンが採用されて一気に事態が動いた。智弁和歌山の打者はミートは上手いが、まだまだ非力だったのに、大会が始まると長打連発、好投手を沈めてしまう。壮烈な打撃の大会は技巧の余地を狭め、技巧派の軟投しか用意できなかった智弁和歌山も後に打ち負けてしまった。

 和歌山市の200キロも南からやってきた新宮は、バットケースには竹刀が入っているに違いないと思える、凛とした剣士集団の印象があった。その投打の高いバランスも、決勝ではサインを南部の監督に見破られて屈する。その南部も含めて、地元の子どもたちをこんな高いレベルまで育てる大人との交流物語を、この年、私は連載で手がけた。

 大リーガーの強打者は時速150キロでバットを振り、150キロの速球を打ち返す。相対速度300キロ、地上最速のスポーツ現象である。高校生はその8割くらいしかない。しかし、バットの重さを10%減らせばスイング速度は10%上がることが知られている。強い金属材料がそれを実現してしまった。翌年はさらにバットの太さを大きくして、テニスのデカラケのような効果も生んだ。地方大会の本塁打が倍増する異変を目の当たりにして、その夏、科学部に異動した最初の大きな仕事が「飛びすぎ金属バット」のメカニズム解明になった。

 大学の先生に理論付けとシミュレーションをお願いし、工業試験場での物性測定や高校での打撃実験は私が担当して、冬場で紙面が空いていたスポーツ面に大きなトップ記事を出した。スポーツ部員以外がトップを書くのは異例中の異例だろう。ただし、薄肉大口径バットがボールと衝突時に大変形して飛びすぎになるメカニズムを、本当に規制に生かすには十数年待たねばならかった。それまではバットの中に消音材を入れるなど姑息な「対策」がまかり通った。本当の答は随分前に出してあるよと、次々に異分野の仕事をしていた私は苦笑いしながら見ていた。

 【参考】第92回「新・日本人大リーガーへの科学的頌歌」
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by ydando | 2005-06-26 02:18 | 文化スポーツ
連休には「ナウシカ」全7巻版を開封し
 宮崎駿監督アニメの最新作「ハウルの動く城」が邦画の歴代観客動員数第2位に躍り出ました。5月1日現在で1500万人です。トップは「千と千尋の神隠し」(2350万人)、従来の2位は「もののけ姫」で1410万人でした。米国では6月から公開予定になっています。

 ブログにもファンの皆さんが多く、読んでみて辛口な批評があっても、新作が出たらまた見に行きたいな、という思いが伝わります。「『ハウルの動く城』二回目の感想」(Fair Child Place Ver2.0)はこう書かれています。「昔の宮崎アニメって繰り替えし見て筋書きを知っていても面白いと思ったが、最近のはそうでもない」「鴻上尚二さんが、宮崎アニメのプロデューサー鈴木敏夫さんと対談して、宮崎さんは物語を描かなくするようになったが、それでいいのです云々というようなのを読んで納得した」「見る方が考えないと理解しにくいように作っている」

 楽天広場に「宮崎アニメで何が一番好き?」があります。いろいろと書かれていても、最初の「風の谷のナウシカ」にやはり根強い支持がある感じます。この作品は映画とアニメージュに掲載された全7巻版とでは中身が違います。それは前から聞いていたのですが、なかなか読む機会がなく、やっとネット書店で購入したものの箱に入ったままになっていました。とうとう今度の連休中に開封して読みました。

 すっきりそぎ落とした映画版も依然として好きですが、こちら全7巻版の訴えるメッセージも噂通りに興味深いと思いました。長さが何倍もある超長編になりかねませんが、映像化して欲しいとも感じました。宮崎アニメならではの映像美が期待できるシーンで溢れています。宮崎アニメが全く知られていないころの「ナウシカ」は米国では勝手に編集されたりし、きちんとした形で世界に紹介されていないので、もう一度、取り組んでも良いのではないでしょうか。たくさんの宮崎アニメを見た人ほど、そう思うのでは。
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by ydando | 2005-05-11 00:06 | 文化スポーツ
清原、老いたり。飛ばないボールなら飛ぶバット!
 プロ野球8球団が採用しているボールが今シーズンから「飛ばないボール」
に代わります。ちょっとバットの芯を外すと予想以上に飛ばないボールだったため、巨人の清原選手が悩んでいるといいます。スポーツ紙が伝えるところでは、米国のホームランバッター、ボンズが使っているオリジナル・メープル・バット社の「SAM(サム)メープルバット」を手に入れて10日に試し打ったそう。太くて軽い割に硬く、反発係数が高いと言いますから、まるでテニスのデカ・ラケットみたい。

 高校野球界を沸かせたPL学園時代の清原・桑田は、試合は金属バットなのに、木のバット以上に打ちにくい竹のバットで練習したことで知られました。竹のバットといえば、狭い狭い芯を外して打つと手に痺れが来てたまらないのです。金属バットは芯を外しても、力まかせでも、当たればかなり飛ぶ性質があります。それなのに竹のバットで芯で打つ練習をしたところに、超高校級の凄みを感じたものです。清原、老いたり――思わず呟いてしまいますね。

 ところで、従来の飛ぶボールの生産も続けられ、しかも見た目にはどちらも違わないと言いますから、ややこしいことになりそうです。野球規則では球審は主催球団からボールを受け取ることになっていますから、混ぜて渡しても判らない。飛ばないボールの影響はいかに、オープン戦からシーズン本番を注目したいと思います。

 注:今年の野球を科学的に読み解くのは、もう少し先にしようと思っています。過去に第92回「新・日本人大リーガーへの科学的頌歌」という読み物を書いています。
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by ydando | 2005-02-17 18:46 | 文化スポーツ
日本の映画界にもっと市場原理を [ブログ時評09]
b0071191_15521363.jpg 日本映画製作者連盟が発表した2004年の映画興行収入は2年連続で過去最高を更新、2109億円になった。これでも、200億円を記録したアニメ「ハウルの動く城」の一部しか算入されていない数字だという。入場者数は1億7千万人で、全盛期1958年の11億2700万人には比べるべくもないが、確かに復調していると感じさせる足取りを、左に掲げたグラフからも読み取っていただけよう。グラフが語っている通り、日本映画業界のどん底は1996年にあった。その翌1997年、私の連載「インターネットで読み解く!」が「INTERNET WATCH」で始まり、19回目の「日本映画は窮地を脱したか」は、こんな書き出しだった。

 「97年は、衰退基調と言われてきた日本映画にとって、特筆ものの『事件』が連続した年として記憶されるだろう。5月のカンヌ映画祭で、今村昌平監督が『うなぎ』で2度目のグランプリ、河瀬直美監督が『萌の朱雀』で新人賞を得た。この夏公開の宮崎駿監督『もののけ姫』が邦画新記録の興行収入72億円、観客数877万人を8月末に達成して、なお客足が衰えずロングランしている。9月にはカンヌ、ベルリンと並ぶもう1つの世界三大映画祭ベネチアで、北野武(ビートたけし)監督の『HANA-BI』がグランプリを獲得した。ある意味でもっと刺激的だったのは、周防正行監督の『Shall we ダンス?』が米国で7月にロードショー公開され、好評を得て全米に上映館が拡大、『チャートでは18位にランクインされ、驚異的にいい数字をあげた』と、監督自身が帰国後に語ったことだ」

 こんなグッドニュースが続いたから映画ビジネスの基調が変わる――そんなことはあり得ない。どん底から8年、日本の映画界に大きな変化をもたらしたのは、一つのサイトに幾つものスクリーンを持つシネマコンプレックス「シネコン」の増殖だと総括せざるを得ない。2004年の全国スクリーン数2825の63%に当たる1766を、215カ所にあるシネコンが占めるに至った。そして、1996年はこんな年だった。それまで都市郊外にばかり展開していたシネコンが都市中心部に打って出た。先兵は福岡市博多区にオープンしたアメリカ大手映画興行会社AMCの「AMCキャナルシティ13」による「福岡戦争」である。

 20代の筆者が書く論文「映画産業論」の「Ⅲ 変わる映画業界」はこう表現している。「AMCが誕生した96年5月1日から12月31日までの8ヶ月間の興行成績は、観客動員数60万1000人、興行収入8億6000万円。福岡市内の映画館はAMCの13スクリーンを含めて26スクリーンあり、この期間の総動員数は139万4000人、興行収入19億9000万円。ちなみにAMCがオープンしてない前年同時期の福岡市13館の総動員数は108万2000人、興収15億9000万円で、福岡市内全体では前年比で25%しか増加していないのである。映画館が2倍に増えたので、興行収入も2倍に増えるというわけにはいかなかったのである。既存館はAMCに観客を相当数奪われてしまったと考えられる。既存館は前年比で軒並み30%近くの減少をみせており、明らかにAMCに観客が移動したことを表している。結果として、今までの映画ファンが馴染みの映画館に通うのをやめて、新しいシネマコンプレックスに行くことになったのである」

 日本の映画興行の世界は長く護送船団方式で守られてきた。系列の配給会社がいつからいつまでと指定してフイルムを届け、映画館主は黙って上映するだけ。大した経営努力もしないで、そこそこの収入が得られた。上映している映画がヒットして客が押し掛けたとしても、当初から決まったスケジュール通り、次の映画を掛けて平然としていた。これを「ブロックブッキング」と呼ぶ。

 反対語が「フリーブッキング」であり、日本の10倍、米国に3万もある映画スクリーンは自由競争で運営される。映画配給側は個別の館主に「この映画はうける」とセールスして回らねばならないが、ヒットすると判れば数千スクリーンが一斉に同じ映画を掛ける。日本のシネコンも系列支配から離れた上に、ヒット映画には同一サイトで3つも4つもスクリーンを使うことで需給バランスに応えるシステムを作った。2時間座るには貧弱だった座席や設備の改善などもシネコンは果たした。ブロックブッキングも一部が崩壊した。

 日本が復調気配とは言え、日米の映画業界には大きな差がある。その歴史的解説は「日本映画は窮地を脱したか」でも引用した神戸大学大学院・山下勝氏の「アメリカ映画産業史2」(当時。現在は米国のWaybackMachineで読める)に詳しい。メジャーの一時的な衰退を補って余りあった「俺たちに明日はない」「卒業」「イージーライダー」といった作品群につながるインディペンデント作品の隆盛から大作志向へ転じたのに加え、米国ではテレビ局にも独占禁止法の網が掛けられ、一定以上の番組外注が義務づけられたために、テレビドラマはもっぱらハリウッドが製作することになったのである。米国ドラマには日本の安手なテレビドラマと違う味わいがある理由が納得いただけよう。

 テレビドラマ製作が独禁法で規制される事態は、残念ながら日本では考えられない。しかし、独立系の製作者たちが、必ずしも報われているとは言えぬまでも良い仕事を続け、一部はハリウッドでリメイクされ始めた。あの「Shall we ダンス?」もリメイクが出来上がり、試写を見た方の「Shall we Dance?」など、評判記があちこちに書かれている。

 もっと映画は見られて良いのに、阻んでいるのは入場料の高止まりだろう。「京の昼寝~♪」の「その後の『東京タワー』~☆」は「映画『東京タワー』が、映画業界の常識を覆す記録を作ったそうです。 1月の15日に公開が始まって以来、2度のレディースディの観客動員数が、公開初日と2日目の記録を上回っていることがわかったそうです」と伝えている。1000円という手頃な値段なら、もっともっと客は呼べるのだ。

 「Ⅱ 映画業界の現状」に各国の比較表があり、米、英では500円前後で映画が見られている。冒頭のグラフをもう一度見ていただくと、1970年代初めに日本では客足の落ち込みに耐えられずに料金を500円から1000円台へと上げていき興行収入は確保したものの、結果としてコアな映画ファンしか残らなかった様子が読みとれる。年間の平均映画鑑賞回数が5回もある米国では、DVD普及などの影響で客足に陰りが見えるそうだが、落ち込んでいた日本なら画質・雰囲気の良さをアピールし、リーズナブルな値段設定さえあれば勢いは続こう。

 日本映画興行収入ランクの上位はアニメと純愛ものばかりとも言われる。しかし、ランクに顔を出さない佳作がいくつも作られている。ちょうど「映画:『誰も知らない』米で好評」とのニュースも飛び込んできた。雑誌「ニューヨーカー」が2ページの批評を書いたそうだ。「海を見ていた」の「映画ファンド」が書いているように「個人向け映画ファンドの募集」が始まっている。若い才能が世界に出ていく可能性が高い場所であることも指摘したい。エンカレッジするためにも、もっと大胆に市場原理を、と訴えたい。
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by ydando | 2005-02-06 15:54 | 文化スポーツ