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by ydando
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カテゴリ:ジャーナリズム( 41 )
市民によるブログ運動に二つの方向
 「市民記者サイトは高い敷居を持つべし [ブログ時評30]」に対して、立場が違う二つのレスポンスをいただきました。ウェブログ図書館 業務日誌「ツカサネット新聞を題材にして」と、「ネットは新聞を殺すのかblog」の「第3の市民記者新聞」とです。市民によるブログ運動とでも言うべきものがあるとすれば、二つに分かれる大きな節目にも感じられます。

 参加型ジャーナリズムの旗振り役を務めてきた「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川さんは「市民記者サイトに対する期待は団藤さんのそれとはちょっと異なり、個々の記事の質に関してはそれほど問題にはしていない。量の制約を質でカバーするのが既存メディアであり、個々の質の問題を量で圧倒するのが新しいネットメディアだと思っているからだ」と言われます。昨年末、ブログを始めて、盛んに唱えられている参加型ジャーナリズムの問題で何か噛み合わないと思って来た違和感が氷解しました。湯川さんと参加型ジャーナリズム論に群れていらっしゃる皆さんは「個々の質の問題を量で圧倒する」ことが可能と思われていたのですね。

 ウェブログ図書館長さんは私の立場に近いようです。私の問題意識「『特定のことについて非常に詳しい』ブロガーが、そのツボにはまって書いてくれれば読むに耐える市民記者サイトが出来よう」に対して、「登録された記事の時系列がはっきりしないという点に目をつぶれば、ウェブログ図書館がすでに実現している部分があるんじゃないか」と応えられています。この主張に、私は異論はありません。ある水準以上のブログ記事を大量に収集されているのは事実であり、新聞サイトなり、ニュースサイトなりの体をなしていないだけです。ただ、ともすれば怠惰に流れる大衆に提供するには、図書館の形でないエディットの腕が必要です。

 1997年から「インターネットで読み解く!」シリーズを始め、151回に到達しています。1回書くのに数百サイトは優に回ってきました。優れたウェブを作っている人たちに、まだブログの世界に乗り出さない方たちがいかに多いか知っています。この人たちを迎え入れる環境整備をした上で、現在のマスメディアの水準を抜く「大衆知の集合体」をどこかにつくりたいと考えています。その方法論はこれから考えるところですが、湯川さんの「参加型ジャーナリズム」とは遠い位置にいることだけは明白になったようです。
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by ydando | 2005-08-02 17:41 | ジャーナリズム
市民記者サイトは高い敷居を持つべし [ブログ時評30]
 市民メディア・インターネット新聞JANJAN、ライブドアPJニュースに続く三番目の市民記者サイト「ツカサネット新聞」が7月20日にオープンした。パイオニアとして苦労した割には宣伝する力が乏しく注目を集めていないJANJAN、集客力がある場所で生まれたのに安上がり指向ゆえの惨状と表現するしかないライブドアPJに対して、今度は主宰する企業がお金も掛けるし適切な編集方針を打ち出すと聞いていたので、それなりの期待感があった。ところが、10日間も経過したのに、ブログの世界ではほとんど評判になっていない。検索に引っかかるのは投稿が採用された人の告知と、編集部による投稿の依頼ばかり。失態続発が話題になったライブドアPJニュース以下の無視状態だ。コメント欄にもほとんど書き込みは無い。

 10日間で既に50本余りの記事が掲載されている。同サイトが記事・写真の著作権を買い取る代わりに払う「¥1,000」「¥2,000」「¥3,000」の赤いバナーばかりが目立つ。並んでいる記事は正直なところあまりチャーミングではない。最高の3000円を獲得している「消費意欲は旺盛!第1回 『景気どうよ?指数』調査から」はブログのコメント欄を利用して151人からアンケートを取ったものだ。冒頭にある「編集部注:この調査はサンプル数が少なく統計学的に有意義とはいいがたいが、手法としては厳密に行われている。ブログを利用した調査方法が斬新であり」を見て、マスメディア経験者も入れて編集部を構成するとの情報は眉唾かなと思ってしまった。私は世論調査には詳しく、その立場から言えばこの手法はいくらサンプルを増やしても社会の中のある特殊なグループを集めているに過ぎない。そのグループの性格付けが出来る属性分析でもした上ならともかく、このままでは意味は無い。

 オープンから二日と開けずに訪問してなるべく読んでみたが、このサイトの運営者も先行者と同様に、市民記者がマスメディアに対して優位に立てる「原理」を理解していないと感じた。私の連載「インタネットで読み解く!」第150回「ネットと既成とジャーナリズム横断」では、こうまとめた。高度成長期に入るまでは、マスメディアがカバーしていた知のレベルは社会全体をほぼ覆っていた。技術革新の進展と裏腹の矛盾、歪みの集積は社会のあちこちに先鋭な問題意識を植え付け、マスメディアがふんわりと覆っていた「知の包括膜」を随所で突き破ってピークが林立するようになった。特定のことについて非常に詳しい市民が多数現れ、メディア報道は物足りない、間違っていると批判がされている。メディア側はそれに対して真正面から応えるよりも、防御に熱心になった。大衆とのギャップはますます広がっている。なぜなら、知のピークはどんどん高くなり、ピークの数も増すばかりだから。

 市民記者が強みを発揮できるのは「特定のことについて非常に詳しい」からであり、私の言う「知のピーク」をなしている場合に限られる。それ以外の事柄を書いてメディアと競えるはずもないし、ましてや日本語能力が疑わしいライブドアPJなど検証するまでもない。例外として、たまたま事故・事件に居合わせて現場写真を撮るような地の利、時の利を得た場合は別だ。ツカサネット新聞が多数のブロガーに記事を依頼していること自体は良いと思う。「特定のことについて非常に詳しい」ブロガーが、そのツボにはまって書いてくれれば読むに耐える市民記者サイトが出来よう。それには現在の茶飲み話級の話題は捨て、ハードルをぐんと上げねばならない。記事が集まりにくくなるが、現在は百人程度の記者を早急に千人クラスに拡大して補うしかない。良い記事は月に一人が1本しか書けないと想定すべきであり、ツボの話題が回ってこないからしばらく書けない人だって多く出る。

 ところで、問題は他にもある。編集部の力量が問われるのだ。「メディア報道は物足りない」と言っている中身が本当に理解できていないと、市民記者をリードしていくことが出来ない。批判すべきマスメディアの記事を読み倒しておかねば見当違いな方向を向いてしまう。マスメディア批判と同じ基準で自らにも対さなければ、多くの読者はつかないだろう。創刊号のトップ記事を匿名のジャーナリストに依頼しておきながら、市民が発信する意味をうたいあげた編集後記(現在は読めない)はいただけなかった。

 韓国では現政権に敵対的な主要3紙に不利な新聞法が28日に施行された。主要3紙の論調の偏りが大きかったために、韓国ではネット新聞「オー・マイ・ニュース」が生まれると大衆の関心を呼び、市民記者が多数集まったと聞く。今回、法律を作ってまでというところに、偏りの大きさが知れる。日本ではそうした僥倖は無く、市民記者サイトは多様な既存メディアに対してなお優位であると自らの記事で証明して、大衆の目を惹きつけていくしかない。ブログで毎日書いているような中身では勝負できないと、まず書き手が理解しなければならない。編集部は「何か書いて欲しい」と注文するのではなく、ブログを観察して「これをこう書いたら一頭地抜ける」と示唆すべきだろう。だれでも市民記者になれると安易に思われている現状を遥かに超えた高いところに、合格ラインの敷居はある。ここに述べた原理的壁を乗り越えねば、日本の市民記者サイトの明日は無い

 【追補8/2】話は「市民によるブログ運動に二つの方向」に発展しています。
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by ydando | 2005-07-31 13:57 | ジャーナリズム
「一時代史」を書ける手法に発展するかも
 ウェブログ図書館でたまたま見つけた、真性引き篭もり氏の「藤代裕之~裸の駄々っ子」[ガ島通信研究]5部作を見て、何かの可能性を感じました。ブログの一時代が終わり、新しい大衆化に突き進むとき、「歴史」が書かれて良いと思います。その一典型になるかも知れません。

 昨年終わりからブログに本格参入して、疑問に思っていたことの幾つかに、薄々出していた答えと同じものが書かれていました。全てが妥当とは思いませんが、いま言うべきことを現実から引き出している点でジャーナリズムです。ただ、どなたかのコメントにも書かれているように、根拠が薄弱な決めつけは逆効果です。ある結論を引き出した根拠になる記事を引用するなりして、うまく「ちりばめる」術を見つけて欲しいものです。それなりに感じるものがあるから決めつけたと推察します。ここまで長いのだから少々短くしても仕方がありません。

 いま書き直すのは面倒でしょうから、手法を磨きながら周辺の人物を手がけてみるというのも手です。時代をつくった主要メンバーの「研究」評伝集が出来れば、一時代史になりますよ。
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by ydando | 2005-06-01 00:12 | ジャーナリズム
後から謝罪して済むなら問題無しですよ
 若隠居さんからトラックバックで長文の反論が来ています。

 ポイントが違うところから、まず。千近いサイトに出向けないでしょう、という話は「ブログ側には抑制機能がある」と主張されるので、個々のブログを抑えるのは無理と説明したものです。若隠居さんは変なことをしているブログ総体を批判することで抑えられると主張されたわけですが、それならこのケースに当てはめると、実名を暴露した後で批判して「やりすぎだった」と納得してもらえたとしても、実名暴露は残ってしまいます。後から謝罪して済むなら、いわゆる報道による被害の8、9割方は無かったことに出来ますよ。

 最初に実名を明かした人を責めろというも、私は「小さなブログでも人の人生を変えられるようになった」ことを広く認識してもらうために書いているのですから、筋が違う話です。ついでに、このブログでの私の立場はネットジャーナリストであり、新聞社の記者ではありません。これは「インターネットで読み解く!」を始めた97年から一貫しています。これは社名を名乗っていらっしゃる方と違う点です。

 法的な規制まで考えているなんてことは、現時点ではありませんし、簡単にお手上げ宣言もする気はありません。それなら、もともと書かないで放置しときます。これまでと同様に、ブログの世界に留まっていては見えない批評を続けていくだけでしょう。理解を広げてブログの世界の体質を変えていくことが、開設当初からの目標です。「ぜひぜひブログ界を厳しく批判してもらいたい」という注文は承っておきましょう。人権擁護法案反対に関する騒動は、流れとしては時々拝見していたことも付け加えます。
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by ydando | 2005-05-25 20:08 | ジャーナリズム
T記者名暴露:新時代象徴なら貧しすぎる [ブログ時評23]
 JR西日本の脱線事故ではネット上、マスコミ報道の行き過ぎが大きな話題になり、最後は記者会見での言動が問われた読売新聞大阪社会部・T記者の実名がブログで暴露される騒ぎになった。社会部長名の謝罪記事まで掲載された結果にブログがどれほどの影響力を持ったのか。測定する方法はないものの、Yahoo!で記者名をキーワードに検索すると967ページのヒットがあった。これを見ると今回はぎりぎり脇役だったと言えよう。実はリアルな世界を動かした最初の例かと気になりつつ、これが新時代の象徴なら余りに貧しすぎる、何年か先に歴史を書く際に、この事件から始めるのは勘弁して欲しいと思った。

 ブログ界が騒いで現実の世界に力を及ぼした米国の例に、昨年9月にCBSテレビでブッシュ大統領の軍歴疑惑報道で幹部4人が辞任、この2月にはCNNテレビのニュース部門最高責任者が米軍をめぐる不謹慎発言を追及され辞任した。日本のブログも間もなく、そうした力のレベルに到達するのではないか。一人一人のブログは小さくても数百、数千と集まれば、周囲の人々を巻き込んで抗議の電話を殺到させたり出来る。そうして誰かの人生を変える力を持つだろうことを、ブログを開いている皆さんは今度の機会に認識して欲しい。

 地方支局で駆け出し記者を始めたとき「たいていの取材対象者は人生でその一度きりしか新聞に出ない。あんたがどう書くかで、その人の人生が変わる」と言われたことがある。今や匿名の小ブログだって同じ結果になる潜在力が備わってしまったのだ。「JR西日本を恫喝した『髭記者』の実名にたかるブログ・スクラム」(すちゃらかな日常 松岡美樹)は次のように指摘しているが、上に述べた恐れを重ねてもらうと深刻度が深まろう。「自分は匿名のくせに、髭記者の実名を晒してすっかりコーフン中のあるブログは、こんな趣旨のことを書いている。『既存メディアはもうやりたい放題できないぞ。われわれネット住人が監視してるんだからな』 や、監視されてるのは別にマスコミだけじゃないよ。ブログだって同じだ」

 「記者会見はもっと抑制的にできなかったのか」との声があちこちから聞こえる。ところが、取材現場で抑制的に振舞うのは至難である。新しい情報、新しいモノを手に入れるのは取りあえず良いことであり、手に入れる前にその質を延々と議論しても始まらない。この場合の取材対象・JR西日本のペースで管理された情報しか貰えなくて、そうですかと帰ってくる記者はいない。記者会見の裏側では分析チームが動いているに違いないから、色んな問題意識を持ち出して入手を早めたい。凄むくらいのことは私でもする。ただ、その時に社会正義は自分の側にあるとの思いが行動をおかしくする。

 ライターが営むブログの「取材者も襟を正せ」(◆木偶の妄言◆)も自らの経験からそうした現場で「社会正義そのものになったかのように思いこむこと」を自戒しつつ、T記者名を「コピーペーストしてあちらこちらに晒しているブログは、ただの『つるし上げ』ではなかろうか。自ら『社会的制裁』を加えて自己満足をしている、という意味では問題の記者の行為となんら変わりがない」と喝破している。

 T記者名暴露事件はマスメディアとブログ界が大して違わない位置、立場になっていることを示したと考えられる。ブログ側の大動員指向は持って生まれた仕組みだから、一個人が嫌と言っても拡大するばかりだ。確言しよう。やがて今度のことが予行演習だったと思える事件が起きよう。米国の例のようにマスメディアや公共機関などに対する勝利になるかもしれないし、ブログによる集団舌禍事件になり、いま「マスゴミ」と呼んでいるように「ブロゴミ」と言われる事態になるやもしれない。
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by ydando | 2005-05-22 14:25 | ジャーナリズム
ライブドアPJ批判は『妬み』だと、世界に発信されました
 英語系の調べものをしていたら、「Japan Media Review」に5月19日に掲示されたばかりの「Veteran Journalist Helps Steer Livedoor's Controversial Public Journalism Project」に行き当たってしまいました。妙な暗合ですね。昨日、書いた「速報! ライブドア・ニュースへの誘い:おぞまし過ぎる!!」に登場する小田某が英語のインタビューに答えていて、この回答が噴飯ものでなくて何でしょうか。

 例えばインタビュアーは、半年経てもパブリックジャーナリストのページが厳しい批判にさらされ、この批判と小田某の個人的見解を分けるために個人ブログをスタートしたのにコメント欄を閉鎖するに至る有様について質問しています。小田某は、第一に堀江社長批判のとばっちりを挙げ、第二に、これがハイライトの部分で「Secondly, some of the criticism is based on envy.」とあります。医者や建築家や公務員といった職を持った人が突然、ジャーナリストにもなり影響力を持ったことを、批判する人たちは妬んでいるそうです。

 私はそういう感じの批判を読んだ記憶が無いのです。本当にそう思っているのなら日本語読解力にも疑問が出ますね。あの文章力で「Veteran Journalist」と書かれるのも経歴の読み間違いでしょう。他にも、これが世界に発信されてはいかがかと思われるところが多々あります。でも、今はするべきことがあるので、発見した英文の紹介だけに留めます。
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by ydando | 2005-05-21 00:07 | ジャーナリズム
速報! ライブドア・ニュースへの誘い:おぞまし過ぎる!!
 自宅に帰ってメールボックスを開けたら、なんとライブドア・ニュース担当から、ブログ時評を「当社で展開するBlogニュース(仮)」の対象とさせて欲しいとのメールが届いていました。

 この会社の方は本当に変わっているのか、非常識なのか分かりません。ライブドア・PJニュース・デスク役の小田某がPJニュースでブログ時評について、つい最近、何を書いたか、知らないなら論外だし、知っていて何の挨拶もしないのならメディアの世界から退場された方が良いでしょう。(過去のいきさつをご存知ない方はくまの世界観測(3月31日以前)あたりからどうぞ)

 私はもちろん応じるつもりはありません。小田某の件は置くとしても、最近、PJニュースを見ていると個人的な裁判の原告の主張をニュースとして取り上げて、それも積極的に擁護しているニュース体系の中で、ランキングの一角でも私のものも同列に並べられでもしたら、おぞまし過ぎて願い下げです。何十かのブログを対象に声をかけたそうですから、見物です。どなたが応じるのか。広告のためにアクセス数を稼ぐのならともかく、これは決して「洛陽の紙価を高める」ことにはなりませんよ。

【追補5/21】ライブドアPJ関連で興味深い英文を発見しました。次のエントリーをどうぞ。
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by ydando | 2005-05-20 01:22 | ジャーナリズム
新聞への誤解、実は変えるべき体質 [ブログ時評22]
 ブログを開設して間もなく半年になる。この間、新聞について誤解した発言をあちこちで見た。今回は最近、出会った二つを取り上げたい。片方は完全な誤解、他方は誤解というよりも世間の了解とすべきではあるが、いずれも新聞側がこのまま放置してはいけない問題である。

 まずこれ。「新聞の読み方」(夢と希望と笑いと涙の英語塾)が先日の一面ニュース「朝鮮人徴用100社調査」がネットに流れなかったのは意図的だと抗議していらっしゃる。「反朝日新聞の立場を取るインターネット・ユーザーにブログ等で引用されたくないという朝日新聞の意図が見え見えではないですか」との裏読みにまで発展している。(5/16訂正:トラックバックの指摘でこの記事自体は遅れてネットに収録されていることが判りました。以前から気になっていた収録漏れの例ではないようです)

 新聞社は特ダネ記事だけは昔からネットに出さない。系列のテレビやラジオにも流さないのは、特ダネ流出を恐れる数十年来の習慣である。その基準なり扱いについて、実はどこにもアナウンスされていない。「紙の新聞なんかなくても、どの新聞もネットで読めるしね」と安易に考えている方に、もう一つ、お教えしておきたい。経済面などの読者にはトップ記事より下段のベタ記事から読む人がいる。それに独特の価値を感じていらっしゃるからだ。ネットにこうした記事まで流していたら際限が無いので、こんな「価値ある」ベタ記事もネットには現れない。

 ベタ記事はともかく特ダネ記事は、新聞が配られる時刻を見込んだ時間差を付けてでも配信しなくては、ネットで読む読者層がここまで拡大している時代に合わなくなった。新聞社サイトに来てもらえれば、主要ニュースは全部読めるのが今の常識だと思う。現状では各社の売り物ニュースがネットで読めない事態にもなる。

 もう一つは「新聞は読んでもよく分からない」と子どもたちから言われている問題である。いや、大学生からもそう言われ始めている。分からせようと書いている小学生や中学生向けの新聞は良いけど、大人の新聞は無理――我が家の下の子もこのタイプである。

 メディア職場を経験して英国に勉強に出ている方の「新聞を読む理由 個人的見解」(小林恭子の英国メディア・ウオッチ)で「必要な情報が入っていないことを、時々感じたが、『日本の新聞は、既に起きたことをいちいち書かない。これまで報道されたことは、《読者が分かっているもの》として、はぶいて書いてあると職場の先輩に説明され、その、『既に報道されたこと』を分かっていない自分の知識のなさを恥じるばかりだった」とあるのを読んで、本末転倒と思った。

 恥じる必要はない。既報分とのダブりを嫌うあまり、毎日読まないと分からない、ある日急に子どもが開いて読んで分からない新聞にしているのは大きな欠陥だ、と私は新聞社内で公言し、同意する幹部もいる。大人の読者だって毎日、全部を見ていられないはずである。しかし、活字が大きくなって減った文字数分に同じ本数の記事を無理して詰め込んでいるから、省略傾向はますます強まっている。はっきり言って読んで分からなくて当然なのだ。

 記事本数を減らしてでも、ダブりをタブー視しないで丁寧な記事を提供するしかない。それには横並び意識を捨て「特落ち」をどんどん容認するしかなかろう。新聞紙面で読者に何を提供しようとするのか――新聞編集の意思決定のあり方を深いところから変えねばならない。無難な網羅主義から早く転換しないと、新聞が読んで分かる読者をどんどん少数派にしてしまう。新聞を購読しなくなった若年無読層問題の原点は、子どもが読んで分からなくなったところにあると考えている。決して販売部門が主体で取り組む問題ではない。

 【追補5/18】ごく最近、ネットへの収録漏れを起こした例を挙げておきます。このページで欠けている社の記事がそれです。
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by ydando | 2005-05-15 19:41 | ジャーナリズム
市民参加のジャーナリズムは既に存在
 ブログ上でこのところ大流行の「参加型ジャーナリズム」を唱えられている方たちが、何故か米国の方、ブログの方にしか向いていないことに、大きな違和感があります。ここは日本なのだと申し上げたい。早い話、固定読者が1000人以上のメールマガジンは「まぐまぐ」だけで4000誌、他の発行スタンドを含めれば私の推定で1万誌はあります。個人ニュースサイトだって多数があって、固定客をつかんでいます。立派に市民参加のジャーナリズムとして現実に存在しているのです。第150回「ネットと既成とジャーナリズム横断」に雑誌「世界」新年号座談会向けに用意した基調報告があるので読んでいただけば、この何年もの間に日本独自で進展してきたネットジャーナリズムが理解されると思います。

 既存メディアとブログを使った参加型ジャーナリズムの二つしか見ない議論を前にして、輸入学問のメッカだった東大出身者としても、「まさしく輸入学問の類だな」と思わざるを得ないところです。それから、どなたでしたか、「ブログで食べていける仕組みが要る」とかの議論を見ると、「メルマガはみんな手弁当で頑張ってきたよ」と言いたくなります。数万、十数万クラスのメルマガになると広告料で相当な収入を得る方もいますが、結果的に可能になっただけのことです。そんな仕組みを考えてからでなければ動けない、それを議論するのが先というジャーナリズムは、この何年もつきあってきたネットジャーナリズムの世界には無かったでしょう。

 ブログ開設数が1年で倍増する勢いを見ると、おそらくメルマガの作者たちも相当数がブログ開設に向かうと思えます。そこで何が起きるか。マスメディアとミニコミ、口コミの中間にある、メルマガのミディメディアとしてのパワーを生かし、最近、ここで唱えているブログ側の情報自己組織化と結合して行けないか。今後への問題意識は色々と発展できそうですし、未来の議論ではなく、実現する可能性があるのです。
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by ydando | 2005-04-17 18:58 | ジャーナリズム
実名記者ブログと素人の踏切事故追究 [ブログ時評17]
 メディアに関わっていると目され、実名でブログを持つ方がここ1、2ヶ月の間に続出している。雑誌が主な舞台らしい方で複数人でブログを持つ例もあり、私が見た名前の数だけで20を超える。公開登録する場所も無いから、実際はもっと多数なのかもしれない。もちろん、この他にも多くの方がジャーナリストであることは明かしながら匿名で開設している。この背景には、ブログ全体が現在の100万件から1年後には200万件にも膨張しようとしている流れがある。

 本業との関係では試行錯誤、あるいは暗中模索状態にあると感じる。雑誌がもし編集部公認でブログを出せるなら、アンテナショップを出す感覚で大胆にネット上の反応を見るといった試みがあってもよいが、コンテンツを持ち出すのに迷いがある。新聞社ではさらに、そうした感覚は難しい。神奈川新聞のように本体でブログを持つならそこで何でも書けるが、私の会社なら「楽屋裏」の話を社外で書くことに問題がある。私自身について言えば、社名を用いないことで社外活動の自由を得ているから、会社についての質問に答えること自体が約束違反になるだろう。社名を出さない実名の方たちにも同様の見えない制約があるのではないか。仕事がある以上、ブログ用だけの取材も区別が難しい。実名記者ブログが増えても出来ることの範囲は限られるかも知れない。

 これに対して最近、素人側から「マスコミ報道をしのぐ仕事をした」と、意気盛んなのが東武伊勢崎線竹ノ塚駅踏切事故の実態究明だ。踏切保安員が手動で遮断機を上げて死者2人を出し半月を経過した。Googleで検索すれば並んでいるのはブログの記事ばかりである。

 事故の翌日に、報道記事以外にブログ発信情報をまとめて書いた「大いなる夢:ヒューマンエラー 竹の塚踏切事故を考える」がコメント欄の含めて一種のセンターの役割を果たしているよう。もちろん、多数の方が色々な観点で書いているし、同じ翌日付で「内容の濃いもの」11編を収集している「ブログにコメントGood! or Bad!竹ノ塚踏切事故」など記録の仕事も効いているはずだ。

 ここでは事故3日後に書かれた「【竹ノ塚の踏切事故】踏切のおじさんを信頼して、感謝していた私が思うこと。」を取り上げたい。

 「あの踏切の職人芸にいつも助けられていた。そういう竹ノ塚人も、実際多いと思うのね。私もそうだし。電車の通過時間の隙間、たった十数秒を的確に読んだ一瞬の踏切開放」「ずっと高架か地下に交通路を確保するべきだという声があった。でも、地元の商店街の反対や、ちょっと前まで東武鉄道の整備工場&大車庫が近くにあったこともあって、高架も地下化も事実上不可能だった踏切です」「あの人だけでなく、駅長さんまで含めた竹ノ塚駅全体の問題も超えて、大きく駅前再開発とか都市計画まで含めた様々なしがらみのなかで、起こってしまった事故だと考えます」

 引用の順序は入れ替えているものの、これだけで何があったのか、ほぼ見えてしまう。現場の日常を知る素人の強さであり、ブログで発信する意味の大きさを誰もが納得しよう。

 こうした素人側の可能性は日常を素材にするものに限られるわけではない。自分からルポライターとして取材に乗り出しているブログがある。普通のOLを辞めて始めた「Grip Blog私が見た事実」である。毎週、未知のテーマを設定して毎日、対象に直接、会い、取材データを掲載し、週末にまとめをする驚くほどエネルギッシュな取材。旬のルポデータを素材として提供するという点だけでも発信の意味はあるのだろうが、対象の全体像をどう描くかに悩まれているように見受ける。残念なことに体調を崩して一時休止になっている。

 「ネットジャ-ナリズムの行方」をテーマに面会を頼まれたが、新幹線ではるばる来てもらって短時間しか時間が割けないのでは申し訳ないので断ったことがある。取材費用や生活はどうするのか心配ではあるが、自分の足で取材する人がもっと出てこないか、ネットを歩きながら見回しているところだ。

 【追補】 英語サイトで「実名記者ブログと素人の踏切事故追究 [ブログ時評17]」の英訳版"Level Crossing Accident Investigation - Real Name Journalist's Blog & Amateur Blogs"を公開しました。"Japanese Blog Review"シリーズの4回目です。
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by ydando | 2005-04-03 19:38 | ジャーナリズム