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by ydando
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私大定員割れ4割、全入時代の憂鬱 [ブログ時評62]
 4年制私立大の4割、私立短大の5割が定員割れに陥っている――日本私立学校振興・共済事業団の調査で、いずれも前年から10ポイント以上増え、私大で40.4%、短大51.7%に上り、中でも定員5割に満たない私大が20校あった。今春の進学率は52.3%と過去最高を記録、18歳人口減少による大学全入時代を目前にして、大学や学部学科の新設はむしろ増えている。矛盾した先行きについて、ブログを書いている大学関係者たちは構造的な問題を指摘している。

 この春の開校は8大学、新設学部は41で、全体の定員は1万人近く増えて44万人に達した。「私大の定員割れ」(5号館のつぶやき)は「少子化が進んでいることは明らかで、数字的にも出ているのにそれに逆行するような定員増あるいは大学や学部の新設などを認可している文科省としては、自由に競争させてつぶれるところは勝手につぶれるにまかせる自由競争をさせているということでしょうか」と疑問を投げる。

 学部学科新設の裏側について「定員割れのその後」(文学部只野助教授)はこう語る。「教員は自分の居場所作りに奔走します。研究して論文書いて、いい大学に移ろうとする正統派は皆無に等しい状況です」「とにかく自分の講義を作ろうとします」「その昔、マルクス主義バリバリの社会学者が、ジェンダー学、子供学、地域づくり、コミュニティー論、福岡学etc.。ただのパソコン屋が、情報リテラシー、地域メディア論(ただのDJごっこ)、先端メディア実習(ただのハイビジョンハンディカム)といった具合です。挙句の果てには、NPO(ただのプロ市民)をつれてきて地域連携だそうです」「一番いけないところは、彼らに罪悪感がなく、こういう自分の姿を社会がリスペクトしてくれる(いやそうに違いない)と思っているところがたちが悪いです」

 そうして生まれる学部学科には、これまで見られなかった名前を持つものが増えている。「私学定員割れ時代の大学選び」(大学教員の日常・非日常)が「斬新な」名前に乗ってはいけないと警告する。「これだけ、学生が少なくなってるのに、どうして定員を増やすような学部をつくるんでしょう?今まで通りの学部学科の名前で学生が来るならば、別に名前を変更する必要なんてありません」「なんで『人間』とか『健康』とか『総合』とか『情報』とか『国際』とか『コミュニケーション』とか、名前ジェネレーターでつくったんじゃないの?と思うような学部学科名にするかと言えば……、そう受験生をだまくらかしたいのです」

 受験生が減っている以上、大学側は組織をスリム化するのが自然なのだが、それを許さないガバナンス上の問題が存在する。「各紙一斉報道『私大の4割が定員割れ』」(俺の職場は大学キャンパス)は学部学科を減らせない理由をこう指摘する。「大学では、大きな決定事項は教授会が決定して(承認して)います。学校教育法第59条の『大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない』という記述がその根拠だとされていますが、ご覧の通り『需要な事項』という記述はあいまいです。困った事に、経営に関する事項の多くが、教授会の審議事項になり、教授達の反対にあって取り潰されているのですね。その典型例が、学部学科のスリム化というわけです。自分達の居場所をなくすような提案が、教授会を通るわけがありません」。この点で「社会からの声が大学に届く事はないんだろうな」と、この大学職員は絶望的に感じる。

 大学定員の水増しが拍車を掛けている「超」入りやすさに、一般の人からも疑問が出てている。今春の私大では入学者の45%が推薦入試組で、論文や面接を重視したAO入試を含めると「一般入試組がもはや少数派」との日経記事に「大学激動」(税理士日記)は「受験、特に大学受験はやはり受験勉強に励み合格発表の『天命』を待つという道が『王道』であると信ずる。大学受験がこんなに簡単になってしまっては、日本人は、いつ勉強するのであろうか」「『少子化』がこんな形で教育を歪めていくことを『中学生』を子供にもつ親として悲しく思います」と嘆いている。これに共感する大学関係者も少なくない。

 詰め込み型の受験教育が最良との立場を私は取らないが、ある程度以上の知識量を持たないでは、それを使うアイデアすら思いつかないだろう。現役大学生のブログを見て回ると、世間で言われるよりは自分で考えているケースに行き当たり、悲観ばかりはしない。しかし、国内の大学では指導してくれるべき大学教員が文系、理系の差なく自分の掘ったタコツボに閉じこもっているケースが多いと、自分の取材経験からも判断している。企業が大学側の教育に疑問を持っている今、知識を蓄えるだけを脱して、大学を問題解決のトレーニングの場にできるかが問われている時代だ。ブログで拾った問題意識を見れば、負け組の大学破産が目前にあるばかりでなく、当面は勝ち組の大学だって、その内実を考えると憂鬱になる。
by ydando | 2006-08-20 13:31 | 社会・教育
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