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by ydando
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市民によるブログ運動に二つの方向
 「市民記者サイトは高い敷居を持つべし [ブログ時評30]」に対して、立場が違う二つのレスポンスをいただきました。ウェブログ図書館 業務日誌「ツカサネット新聞を題材にして」と、「ネットは新聞を殺すのかblog」の「第3の市民記者新聞」とです。市民によるブログ運動とでも言うべきものがあるとすれば、二つに分かれる大きな節目にも感じられます。

 参加型ジャーナリズムの旗振り役を務めてきた「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川さんは「市民記者サイトに対する期待は団藤さんのそれとはちょっと異なり、個々の記事の質に関してはそれほど問題にはしていない。量の制約を質でカバーするのが既存メディアであり、個々の質の問題を量で圧倒するのが新しいネットメディアだと思っているからだ」と言われます。昨年末、ブログを始めて、盛んに唱えられている参加型ジャーナリズムの問題で何か噛み合わないと思って来た違和感が氷解しました。湯川さんと参加型ジャーナリズム論に群れていらっしゃる皆さんは「個々の質の問題を量で圧倒する」ことが可能と思われていたのですね。

 ウェブログ図書館長さんは私の立場に近いようです。私の問題意識「『特定のことについて非常に詳しい』ブロガーが、そのツボにはまって書いてくれれば読むに耐える市民記者サイトが出来よう」に対して、「登録された記事の時系列がはっきりしないという点に目をつぶれば、ウェブログ図書館がすでに実現している部分があるんじゃないか」と応えられています。この主張に、私は異論はありません。ある水準以上のブログ記事を大量に収集されているのは事実であり、新聞サイトなり、ニュースサイトなりの体をなしていないだけです。ただ、ともすれば怠惰に流れる大衆に提供するには、図書館の形でないエディットの腕が必要です。

 1997年から「インターネットで読み解く!」シリーズを始め、151回に到達しています。1回書くのに数百サイトは優に回ってきました。優れたウェブを作っている人たちに、まだブログの世界に乗り出さない方たちがいかに多いか知っています。この人たちを迎え入れる環境整備をした上で、現在のマスメディアの水準を抜く「大衆知の集合体」をどこかにつくりたいと考えています。その方法論はこれから考えるところですが、湯川さんの「参加型ジャーナリズム」とは遠い位置にいることだけは明白になったようです。
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by ydando | 2005-08-02 17:41 | ジャーナリズム
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