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by ydando
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ブログから生まれるジャーナリズムは
 2ヶ月、多くのブログを読みほぐす作業をした感想をまとめれば、ストレートニュースの要素はほぼインド洋大津波の被災体験記だけであり、そのほかで紹介するに値したのは、ものの見方、切り方の斬新さだった。ニートや学力低下などを巡る体験談的な話も、どちらかと言えば見方、切り方に近い。ジャーナリズムの理念をスローガン風に唱えている「隠されがちな事実を伝え、見えなかった意味を言う」に照らせば、前者は少なく、後者が大半だった。しかも、この中身はいずれもマスメディアが流している、多くの「細切れニュース」のスタイルには納まりにくい性質があると思う。おまけに、ブロガーの皆さんの多くは「これはニュースになる」との感触をまだ知らない。

 ライブドアがブロガーの中から「パブリック・ジャーナリスト」を募集して独自ニュースを流そうと準備しているのは、かなり広く知られたことだ。このブログにもそのジャーナリスト研修講座に参加した人から、率直なレポート「ライブドアのパブリックジャーナリスト研修の感想」のトラックバックが来た。私はブログ時評を始める前から、ブログの世界が現状のままであるなら、その実現性に極めて懐疑的な立場に立っている。

 一番の問題は冒頭に書いた通りだ。私が読んでニュース性があるものをうまく書くには、ライブドア・ニュースという形式が有効かどうか。従って、記事の書き方トレーニングも、従来型記事の典型的スタイル「逆三角形型」を学ぶだけで良いとは思えない。指導役のプロの記者が必ずしもオールマイティでないと認識しないといけない。実はマスメディアの供給しているニュースも、「脱・細切れ」を果たし、ストーリーテラーの部分がもっと大きくならねばと考えている。

 次に、本名で記事を書くことに慣れていない「パブリック・ジャーナリスト」に何を期待するのか。身辺ニュースとは言え、「これは問題だ」というタイプは取り上げにくいのではないか。地方紙と全国紙の役割を書けば理解しやすかろう。地方紙の記者はずっとその地域社会に住み続ける。地元に深く密着している分、深いところまで知っていて書きにくい面がある。全国紙の記者は原則として2、3年で転勤していく。知り得たことは浅いかも知れないが、全国レベルの常識に照らせばローカルルールでなされている事柄のおかしさ、不当さに気付いて、しがらみ抜きに痛烈な指摘が出来る。(どんどん転勤していくので、例えば阪神大震災の被災者らからは「いつも最初から語らねばならない」と不評なのもよく知っているが・・・)

 フリーランスのライターが記事を寄せているサイトには、既に「JANJAN」がある。私も時にのぞくが、常時、見に行かねばと思うほどチャーミングではない。当然のことだろうが、ぶれも大きいと感じる。ライブドアさんには、あれを上回るようになる確かな仕掛けがあるのだろうか。記事へのコメント欄で圧力を感じるようなことが起きないシステム的な保護策もなければ、とても本名は使えないだろうし・・・(JANJANは会員制)。他人事ながら、うまくいく想像をする方が難しい。

 しかし、ブログの世界がいつまでも同じとは思っていない。ブログ、メルマガから紙のメディアまで通して読む人に訴えられるものが何か――見てもらっていく内に、私が言っているジャーナリズムの理念がだんだんと分かっていただけるはずだ。
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by ydando | 2005-01-19 23:22 | ジャーナリズム
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