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by ydando
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「切込隊長」氏 との論点の違いを整理する
 昨夜は時間が無く途中を省いて書いてしまったので、多数の方がわかりにくいとおっしゃっている。切込氏と、論点の一番の違いは、私はジャーナリズムの基盤を個人に置いている。切込氏は「ジャーナリズムもある種の商品を扱っている以上、その継続性、品質維持を前提として装置化するというほうが有利に決まっている」と言っているように、ジャーナリズムを企業マスメディアの方向に膨らませ、拡大したものとして扱っているように見える。マスメディアが統治のツールであるという社会的了解はいいが、個人のジャーナリストは内的な自由に発して自分の属する市民社会の中を探索し、当の事象の、その社会にとっての意味を明かすものである。この立場に立てば切込氏のように「情報を扱う企業が社員の情報を出す活動を監視しようとするのは当たり前の帰結であろう」とはとても言えないし、同意できない。

 こう整理すると、随分違うことをお互いに「ジャーナリズム」と言っている。私からすれば「切込氏のネット上のジャーナリズム」とはある種の仕掛け、マスメディアを作ることに相当するという見方になる。「産業化」と言われている方もいる。なお、個人のジャーナリズム活動は自己責任でするしかないのは当然であり、ガードするためにどこまで書きうるか吟味する作業は欠かせない。私の書いているものはその限度内にあるから、お読みいただいたところ、ご不満のようだが、切込氏の評価をもらおうとは最初から思っていない。現在のマスメディアでは書けない部分についてウェブを使っているのだ。

 遠い未来のネットジャーナリズム産業化について議論に加わるつもりはなく、このブログでの実践を通じた相互作用で今と質が違うものを生み出したいし、何かが出来るはずと思っている。「誰でもジャーナリスト」論に対して「どうしてネット上のジャーナリズムを軽々しく語ろうとするのか」と突っ込みがあったから返しただけで、切込氏と議論を続けても概念が違いすぎて生産的ではないから、ここまでにしたい。ジャーナリズムをどう捉えるか、コメント類を見るだけでもギャップが大きい。私の立場ははっきりしているので、後は読者が拠って立つ立場としてどう考えるかになる。ブログ時評を始めたばかりで、この種の議論に時間を使うより、本来の趣旨の仕事に時間を掛けたいものだ。
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by ydando | 2004-12-03 22:49 | ジャーナリズム
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